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前ページ次ページゼロと電流 「第十二話」 気がつくと夜明け前。 横にはギーシュ。前にはタバサとキュルケ。そのさらに前にはシルフィード。そして後ろにいるのは姫殿下と学院長。肩に乗っているのはロビン。 いつの間に? いや、意識はしっかりあったし休憩もしっかり取った。別に意識を失っていたわけでも自我を失っていたわけでもない。 それにしても、どうしてこんなことに。 モンモランシーはじっくり考える。 「ルイズが行方不明!?」 「部屋にいるんじゃなかったんですか」 学院長の説明に、最初に声を上げたのはキュルケである。 次いで、ギーシュ。 タバサは無言のままで、モンモランシーの場合は声にならない驚き。 「何処へ行ったんですか? まさか、実家に帰ったとか」 「行き先の想像はついておる。おそらくは……アルビオン」 「ああ、アルビオン……って、あのアルビオンですか!? 戦時下じゃないんですか、あそこ」 「明らかに戦時下じゃな」 「なんでそんな」 「先夜にあったことじゃが、これは当事者に話を聞こうとするかね」 姫殿下が、ルイズの部屋で起きた状況を説明する。ただし、手紙云々は省略。ただ、個人的に必要なものがアルビオンにある、とルイズに話しただけだと。 秘密にするのはどうかと、アンリエッタは少し考えていたのだが、オスマンとマザリーニは異口同音に隠せと進言したのだ。 確かに、手紙のことをこの四人に話したところで事態に変わりがあるわけではない。不必要な情報を知らせないのも嗜みだ。 「それで、ルイズは先走ったということですか」 「はい。私の言い方が悪かったのです。幼馴染みであることに甘えて、愚痴をこぼしてしまった私の浅はかさが」 「いえ」 ギーシュが身を乗り出していた。 「姫殿下のお気持ちは重々お察しいたします。しかし、幼い頃からの親しき友であるミス・ヴァリエールに対して多少なり胸襟を開いたことなど、責められるようなことではないと自分は考えます。この場合、まことに言いにくいのですが、責は姫殿下ではなく、無闇と先走ったミス・ヴァリエールにあると」 なんだ、このいっぱしな物言いは。 オスマンは微笑ましげにそれを見、モンモランシーはやや呆れている。 そしてキュルケは考えている。 ルイズの行き先は既にわかっていた。ならば、自分たちが呼ばれたのは後先考えずに飛び出したルイスの心情を補足するためか。 しかし、だ。ギーシュとの決闘で自信を失ったルイズが短絡的に貴族の誉れを求め、姫殿下の望みを叶えようと飛び出した。それだけの事なら自分たちの証言による補足など不要だ。おそらく、それらに関してはとうに学院長が把握しているだろう。 それだけの訳がない。 ルイズを追うため、か。 勿論、追うだけなら自分たちである必要はない。正規兵のほうが確かだろう。 だが、正規兵を使うわけにはいかない事情がある、とキュルケは見抜いていた。 この出来事自体、公にするわけにはいかないのだろう。 今のトリステインの情勢はキュルケも知っている。そして、ルイズの実家が王家に迫るほどの名門である事も。 今の王家がヴァリエールに離反されればおしまいだ。そして、万が一ルイズが、アンリエッタに命じられたアルビオン行きで命を落とせば、離反の可能性が出てくる。少なくとも、離反しても不思議はないと言う雰囲気が周囲にできあがるだろう。 反アンリエッタ陣営にはこの上ない追い風だ。そうなった場合、ゲルマニア皇帝とてアンリエッタとの縁談をこれ以上進めるかどうか。 しかし、ルイズを追うのが学園の友人たちならば? このアルビオン行きは、友人間のいざこざの末によるものという見方も出てくるだろう。いや、そう見えるように枢機卿が全力を傾けるだろう。 姫殿下は、自分たちにルイズを追わせようとしている。 キュルケはタバサを見下ろした。タバサもちょうどキュルケを見上げるところだった。 「シルフィードは四人なら大丈夫よね。フレイムたちも計算に入れて良いのかしら?」 「ラ・ロシェールで追いつける」 「だけどザボーガーの速度は……ああ、この月だと、まだ船が出ないか」 「足止めされているなら追いつける」 「それなら、答えは一つね」 トリステインの王族に命じられ、政治的に重要な娘を追う? ゲルマニアのツェルプストーともあろう者が? 否。 自らの意思で、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーは自分の友人を追うのだ。決して、トリステイン王女からの依頼などではない。それは明確なる自分の意思で。 誰のためでもなく、自分のために。 「学院長」 キュルケは一歩、前に出た。ただし、姫殿下の方角ではなく、オールド・オスマンの方向へ。 「私とタバサは、ミス・ヴァリエールを連れ戻します」 「ほう?」 「ミス・ヴァリエールはミスタ・グラモンに決闘で負かされた事によって、自尊心を傷つけられ、学院を飛び出ていったのでしょう。その決闘自体にも、私たちが無関係とは思えません。それなら彼女を追うのは、事件の当事者であり友人でもある私たちの役目ですわ」 「横から失礼します。ミス・ツェルプストー、でしたか」 姫殿下の後ろに控えていた銃士が、突然声をかけた。 「ミス・ヴァリエールが突然出て行かれたのは、その決闘が原因だと仰るのですか?」 「ええ。他の原因など、何一つ思い当たりませんわ」 「なるほど」 アニエスは、そのままアンリエッタに向き直り、膝をつく。 「恐れながら申し上げます。我ら銃士隊の調査にても、ミス・ヴァリエール出奔の動機はわかりませんでした。しかしながら、学院内のご学友とのトラブルが原因だとすれば、我ら、いや、姫殿下には全くの関係ない事と思われます」 「アニエスと言ったかの。それはさすがに言い過ぎじゃろう」 オスマンの言葉に、キュルケとアニエスは似たような表情になる。 驚愕に、やや混じった不信。 ギーシュとモンモランシーは、互いに顔を合わせて既に理解を放棄している。ある意味、流れに任せている状態だ。 タバサは何を悟ったのか、面白そうにオスマンを見ている。 「学院長?」 「ミス・ヴァリエールは姫殿下の幼き日からの友。それをここに来て無関係と言い張るとは、如何に公私の区別とはいえ、情が強すぎるというものじゃろう。形はどうであれ、心配せぬ方がどうかしておるわい」 キュルケが発言するまでの会話は、これで全てなかった事になる。 ルイズを追うのは友人。 ルイズが出て行った理由は友人間のつまらないトラブル。 いくら娘を可愛がっている両親とはいえ、横やりを入れるにはあまりにもつまらない理由。 その翌朝。 モンモランシーは回想から抜けると、もう一度メンバーを確認する。 ルイスが暴力的に反抗する事はまずないだろう。必要なのは話し合い。姫殿下がルイズの行動を望んでいないとわからせる事。 説得は、同じトリステイン貴族であるギーシュとモンモランシーの役目だ。 ギーシュは、方向性こそ違うがある意味ではヴァリエール当主と肩を並べる事もできるグラモン元帥の息子。モンモランシーの実家とて、本来ならそれに並んでいておかしくない格の持ち主である。 「ヴェルダンデはラ・ロシェールまで地面を潜っていくよ。望むなら、フレイムはその後ろについて行けばいい」 シルフィードに乗るのは四人、そしてモンモランシーの使い魔ロビン。ロビンはカエルなので、重量的には誤差範囲だ。 モンモランシーとしては、ロビンに休んでいてもらっても良いのだが、朝、目を覚ますとロビンは自分から荷物の横に侍っていた。どうやら、連れて行って欲しいらしい。 そんな健気なことをされて、連れて行かない彼女ではないのだ。 「良いか。お主らはくれぐれもアルビオンに関わってはならんぞ。それでは本末転倒じゃからな」 「わかっています。ロクに準備もせずになし崩しの実戦参加など、父上に知られれば大目玉ですから」 「アルビオンとトリステインの間に入り込む気はありませんわ」 「ルイズを連れ戻すだけ」 「三人を全力で引き留めます」 「うむ。頼むぞ、ミス・モンモランシ。こう見えて三人とも突っ走りかねんからな」 「はい」 「きゅい」 「うむ。シルフィードもな。お前さんのご主人様と友達を、ちゃんと守ってやるのじゃぞ」 「きゅいきゅい」 シルフィードが飛び上がる。 そして、ラ・ロシェールへ向けて大きく羽ばたいた。 それを見ている別の集団。 「あれは……ミス・タバサの使い魔ですね」 「なんだ、朝っぱらからお出かけかい。ああ、そういやぁ、今日から食数減らすように言われてたな。なんだってんだ? こんな時期に」 学園行事予定は使用人たちも心得ている。この時期に学生たちがまとまって出て行く行事など無いはずだった。 「貴族の方々のなさる事は私たちにはわかりませんよ」 「はっ、ちげえねえ」 シエスタの言葉に笑って応えるのは、出て行ったのが「貴族の中でもかなりマシ」な一団である事を後で知り、だったら弁当の一つでも作ってやったのに、と呟く事になるマルトーである。 「それじゃあ、私もそろそろ出発します」 「おう。気ぃつけてな、土産のワイン、楽しみにしてるぜ」 「はい。今年は当たり年と聞きましたから、良いのができていると思いますよ」 シエスタは食材を運んできた荷馬車に便乗し、街へ向かう。 今日から少しの間、故郷に帰るのだ。そして戻ってくるときはタルブや各地の名産を積んだ荷馬車にまた便乗してくる事になっている。 「行ってきます、マルトーさん」 「おう、元気な顔見せてやれよぉ」 途中の街でお土産を買って、家族に元気な姿を見せて。 シエスタは村での過ごし方をもう決めている。 それから、ミス・ヴァリエールのために、もう少し村の秘密を明かしても良いかどうか、お父さんに聞いてみなければならない。 とりあえず、ゲンお爺ちゃんが「シャシン」と呼んでいた綺麗な絵。そして、ザボーガーのような「おうとばい」がタルブの村に残っている事。 マシンホーク。 そういえば、マシンホークに乗るのも久しぶりになる。 シエスタは、故郷でマシンホークと再会することを楽しみにしていた。 シルフィードを見上げて手を振る彼女はまだ知らない。 結局彼女は、その休暇の殆どをマシンホークと共にアルビオンで過ごす事になってしまうのだと。 最初の一言は、 「どうしてこんな所に?」 それに対しては、 「任務だよ。枢機卿に直接受けた極秘任務さ」 ワルドは、入るよ、と一言告げ、提げていた紙袋を差し出す。 「この宿で一番のワインと肴だ。まずは、再会を祝して一杯どうかな? 僕の可愛いルイズ」 拒む理由はない、戯れとはいえ、親同士の決めた婚約者である事に変わりはない。 しかし、そもそも、前にワルドと会ったのはいつなのか、とルイズは考える。考えなければわからないほどの以前なのだ。 それが、婚約者といえるのか。 「お待ちください。部屋が散らかっていますから」 「待てば、入らしてもらえるのかな? それとも、酒場に戻ろうか?」 「すぐ済みますわ。戸を閉めて、待ってください」 ルイズは戸を閉めると、小さい声でザボーガーにマシン形態に戻るように言いつける。 最初にノックがあったとき、ルイズはボーイがチップ稼ぎに細仕事でも請負に来たのかと思っていた。だから、部屋は片付けていない。 しかし、そこにいたのは何故かワルドだった。幼い頃、親が勝手に決めた婚約者であり、それを差し引いたとしても幼い頃からの知り合いだ。 知らぬ仲ではない。無視をするわけにはいかない。 デルフリンガーに口をきかないように言い聞かせると、敢えて剥き出しのままで窓の外に置く。そこからは中が見える。何かあれば、デルフリンガーが外に向かって叫ぶというわけだ。 そして、ルイズはワルドを再び招き入れた。 「改めて。久しぶりだね。僕の可愛いルイズ」 「本当に、お久しぶりです。ワルド様」 「ふむ。これは手痛い。君を放っておいたようで済まなかったと、最初に詫びるべきだったな」 「ええ。何事もなかったようになんて、酷すぎるとは思いませんか?」 甘えているな、とルイズは思う。 ちい姉さまへの甘えも違う。お父様への甘えとも違う。無論に、エレ姉さまやお母さまとも違う。 だれにもこんな甘え方を自分はした事がない。 どこか我が侭で、それでいて媚びるような言葉。 なんだろう、この感覚は。 キュルケやモンモランシーがいれば、その疑問にはすぐ答えが出ただろう。しかし、ルイズ一人でわかるような問題ではなかった。 「そうだな、僕は詫びるべきだ。済まなかった、ルイズ」 そして、ワルドはルイズの手を取った。 取られるまま、逆らわないルイズ。 「ヴァリエールに相応しい地位を手に入れようとしていた、僕の無様な足掻きだよ。笑ってくれ」 「殿方の努力を笑う傲慢さなど、私は持っていませんから」 「そんな君だからこそ、僕は君に相応しい自分であろうとするのさ」 ワルドは告げる。 おのれが、マザリーニ枢機卿によってアルビオンに派遣されようとしているのだと。 「君は、姫殿下のためにアルビオンへ行こうというのだろう。しかし、既に僕がその任務を極秘裏に受けているのだよ」 「でも、姫殿下はそんな事……」 「これは枢機卿、あるいは僕の独断で動いた事になっている。事が発覚した場合、姫殿下に累が及ばないようにね」 つまりは、今のルイズと同じなのだ。違うのは、ルイズが本当に独断で動いているのに対して、ワルドが密命を受けている事。 「だから、この任務は姫殿下すら知らない」 だから、ルイスは学院に戻ればいい。後の任務は、ワルドのもの。いや、元々ワルドのものだった。 「ワルド様は一つ勘違いをしています」 「ほう?」 「私は姫殿下のためだけにアルビオンへ行くのではありません」 「と言うと?」 「自分のためです。自分の、貴族としてのあり方を見直すためです」 ルイズが語る物語をワルドは黙って聞く。 自分が嫌っていた類の貴族。その嫌な貴族に、自分はなりかけていた。そして、それに気付かなかった。 力を得た事で、自分のやるべきことを見失っていた。 「だから、私は力を正しい事に使いたい。姫殿下のために動く事がそれだと思ったの」 「なるほど。君は理想のトリステイン貴族であろうとしているのか」 「はい。だから私は、力を正しく使うため、アルビオンへ行きます」 「君に、それだけの力があるということか」 「私の使い魔には、それが可能です」 力を正しく使う事は、力に溺れる事とは違う。 例え、ワルドが反対しようとも。同じ任務であろうとも。 自分はアルビオンへ行く。誰のためでもない、自分の誇りを取り戻すために。 「では、僕はあくまで反対するよ。勇気と無謀は違う。君がこれからやろうとしているのは、ただの自殺だ」 「ワルド様は、ザボーガーの力を知りません。今の私の力も」 「そうか」 ワインの瓶が袋に戻される。 「そういうわけなら、今夜は酒を控えよう」 立ち上がり、ワルドは杖を掲げる。 「僕は、君の使い魔に決闘を申し込む。もし僕にあっさり負けるようなら、諦めて学院に戻ってもらう」 註・マシンホーク 電人ザボーガー第1部(Σ団編)にて登場した準レギュラー秋月玄の愛車。 スペックなどは不明だが、マシンザボーガーと同等に戦えるマシン。 作品内で変形はしないが、変形の設定資料、デザインは存在していたため、本作では変形可能とする。 作品内では退場しただけで、秋月共々破壊も死亡も無し。 前ページ次ページゼロと電流
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前ページ次ページDISCはゼロを駆り立てる 基本的にルイズの日常は平穏だ。 ちょっかいを出してくるキュルケが居るとはいえ、お互いに分かっているので本格的な喧嘩に発展する事は無い。 トライアングルと言い張っていても実技では常にトップに固定されているほどだし、座学でも似たような成績を収めている。 正に文武両道を地で行く鉄人であり、そんなルイズを馬鹿にできる生徒など誰もおらず、大貴族の娘である事に恥じぬ優等生として通っていた。 嫉妬や理不尽な怒りを勝手に覚える者も少数はいたが、目に留まらぬように隅でこそこそと陰口を叩くのが関の山だ。 そんなルイズを最も苦しめているのは、地平線の向こう側から昇ってくる太陽だろう。 ヴァリエール家の三女ともあろうともが遅刻寸前の時間まで寝ている事は出来ぬ、と無理に早起きしているだけあって、寝起きは最悪を通り越してなお悪い。 それでも一般的に見れば特別早くも無いのだが、ルイズにとっては夜明け前に叩き起こされるような物だった。 朝日への呪詛の念と共に、残り僅かな歯磨き粉の如く搾り出されたホワイトスネイクによって、布団からずるずると引きずり出されるのが毎朝だ。 今のところ朝日は、唯一ルイズを完敗させている最大のライバルだった。いい加減に諦めてシエスタに起こしてもらおうかとも思う。 一度起きてしまえば大概は大丈夫なのだが、どうしても眠ければ授業中に補ったりもした。 教室の後ろにあるドアから入って右側の前から5番目、教師から死角になり易い場所がルイズの定位置だった。 タバサはいつからかルイズの隣に座るようになったが、キュルケは出来るだけ後ろのほうで男子生徒に囲まれて楽しく授業を過ごすのが常だ。 最も、席順などをを気にしている人物はこの教室に居なかった。 昨日ならば居たかもしれないが、今は各々の使い魔を見せ合っては評論会が開くのに大忙し。あちらこちらで会話に大輪の花が咲いている。 相変わらず無表情のタバサを除いて、特に珍しい使い魔を引き当てた者は大騒ぎで、でかいモグラに抱きついて周囲を引かせている男性生徒も居た。 「はい……! 皆さん、おはようございます。春の使い魔召喚の儀式は、皆さん大成功だったようですね。 このシュヴルーズ、こうして春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 ローブと帽子を身につけた、ふくよかで優しげな女性メイジが入ってくるまで、その騒ぎは留まる所を知らなかった。 よく通る声が教室に響いて、気づいた彼等はようやくお喋りの手を止める。慌てて椅子を前に向ける音が教室のあちこちから響いた。 「そうとも! ああ、僕のヴェルダンデ!」 そう叫びながら更なる抱擁を交わす金髪に、教室は楽しげな笑いとジョークの混じったブーイングで沸く。 シュヴルーズは生徒たちをなだめ、殆どのメイジがそうであるように、やはり自分の属性を贔屓するような発言をいくつか飛ばした。 おさらいとして彼女自ら錬金の実演すると、机の上に黄金色の鈍い輝きを放つ金属が作られた。 大きさは握りこぶしほどで、もし金だとすればシュヴルーズはかなりの実力者という事になる。キュルケを筆頭に何人かが驚きの声をあげた。 「私はただの……。トライアングル、ですから」 すぐさま訂正しながらも、ややもったいぶってそう続ける。遠目からでも真鍮だと看破していたルイズは、わざわざ生徒に誤解させるのはみっともないと目を細めた。 その後でシュヴルーズは何人かの生徒を前に呼び出し、自分がやったのと同じように錬金の実演をさせた。錫や鉛や単なる砂などを錬金する生徒が多い中、ギーシュは得意の青銅で美しい彫刻入りの剣を作って賞賛を浴びた。 更に発音や杖の振り方を軽くおさらいした後で、やっと土の本格的な授業が始まるが、その内容は実に教科書通りのものだった。ルイズにとっては、ヴァリエール家に居た頃から知っている記憶でしかない。 「先ほども言った様に、スクェアになれば金を錬金することが可能になります。 しかし膨大な精神力が必要な一方で、得られるのは僅かな量だけ。自分の実力を測りたいときには有効ですが、実用的とはいえません。 火や風が破壊を司っているように、土の真価は生活の向上といった、最も身近な場所で……」 ルイズはばれない様に最低限気を使いながらも、小さな手の中でインクのついていない羽ペンをくるくると回しつつ溜息を吐いた。 ぼんやり黒板を眺めていると、無数の記憶が頭の中を駆け巡っていく。ルイズは久しぶりに自分の意思で記憶の中へと旅立つ事にした。 一人の人間が持つには多すぎるほどの記憶を、ルイズは何年もかけて手に入れてきた。 その殆どは犯罪者から奪った物だが、いくつかは善良な人間からの略奪物だし、かつて憧れであった人間からも抜き去った物もある。 ルイズが手に入れた最初の一枚にして最強の力、それを胸に抱いた時の事を思い出していた。 「私、まだマホウが使えないの……。ちぃ姉さまみたいなメイジには、なれないのかな……」 夕暮れの太陽が木々の隙間から差込み、周囲をオレンジ色に染め抜いている。 幼いルイズは背中を木に預け、今にも泣きそうな表情で小さな腕を握り締めていた。泣き顔を見られたくないのか視線を下げ、地面を見つめながらそう呟く。 声には人生を諦めた老人のような虚しさが混じっており、先ほどまで華のような笑顔を浮かべていた見る影も無い。 ワルドは悲しげな表情をして地面に膝を着き、幼い婚約者の肩を抱きしめた。香水の甘い匂いが彼の鼻をくすぐる。 「ルイズ……。君の努力は僕も知っているよ。そして君のお母様やお父様も、お姉さま方も、知らないはずが無い。 まだ、もう少し時間がかかるだけさ。きっと君は、僕なんかより凄いメイジになる」 まだ親同士の口約束だけであるとはいえ、お互いの事を嫌いだとは思っていなかったが、恋をするにはルイズはまだ幼すぎた。 ワルドはルイズに愛情を感じてはいるものの、無知をいい事に操るなどという愚行を犯すつもりは彼に無い。やがて二人が大人になって、出来れば本当の愛を感じあった時に一緒になりたいと思っていた。 彼がもう少し足しげくこの家に通っていたら未来は違っただろう。必死で強がっているルイズの顔の裏側に押し込められた、暗黒のヘドロに気づいてさえいれば。 「わるどさま……。抱っこして、くれませんか?」 木に寄りかかっていたルイズは体を起こし、幽霊を思わせる儚げな笑顔を浮かべた。 拒む理由も無いワルドだが、いつに無く積極的なルイズに悲しみと喜びを同時に覚えた。 ワルドにも思い起こせば胸を掻き毟りたくなる記憶はあるが、この小さな少女はその苦しみが永遠に続いているような環境にいるのだ。彼は思わず顔をしかめそうになって、ルイズの視線に気づいて慌てて表情を戻した。 ならば、せめて少しでも癒してあげようと、ふわりと軽くて柔らかいルイズの体を抱き上げる。若くしてグリフォン隊の一員となったワルドの肉体は頑強そのもので、彼にとってルイズは軽すぎるぐらいだった。 「わるどさま……」 「ん……? なんだい、ルイズ」 「あの、ね……。ごめんなさい」 「ルイズ……?」 この位の子供ともなれば不思議な行動を取るものだが、それとは何か違う気配を感じたワルドは背筋に冷たいものを覚えた。 ルイズの瞳は何か、人間が抱いてはいけないおぞましい何かを持ってしまったような。深淵を覗き込み、深淵に覗かれたような。 自分の腕の中にある物体は本当にルイズなのだろうか。それどころか同じ人間であるのか疑いたくなるような寒気を発している。 「……ッ!」 いつの間にか異様な男がワルドの真横に立っていた。全身には奇妙な刺青のような物が無数に刻まれており、頭には異常としか思えないマスクのような物をつけている。 どこかの少数部族の亜人だろうか。一瞬だけ浮かんだ考えは、男から発される圧倒的なオーラに吹き飛ばされた。 ワルドの手に無意識のうちに震えが走り、右手でルイズを抱きしめたまま、左手で腰に挿していた杖を取った。何者か知らないが、こいつが敵であることは間違いない。 「だめですよ、ワルド様……」 ルイズが悪魔のような邪悪な笑みを浮かべ、エア・カッターを詠唱しようとしていたワルドの喉に小さなナイフを衝き立てた。 冷たい鉄が柔らかい肉を裂き、壁となってアダムのリンゴを二つに断ち割る。内側から漏れ出した空気によって、小さな泡が無数に湧き出した。 「グ……ガァッ……」 反射的に喉を押さえようとしたのか、ルイズを抱いていた腕から力が抜ける。 ルイズは小さく悲鳴を上げながら尻餅をつき、地面とぶつかった痛みで眉をひそめた。 「きゃっ……。痛いじゃないですか、ワルド様」 ワルドが血濡れになったナイフを震える腕で引き抜くと、隙間の開いた喉はヒューヒューと音を立てる。 魔法を使おうと必死で杖を振りかざしているが、声帯が壊れてしまったのか声になっていない。溢れ出した血で首周りが真っ赤に染まった。 ルイズはつい昨日まで憧れだった獲物の末路を、哀れみの視線すら込めて傍観する。 「ワルド様が悪いんですよ……? 私のスタンドを攻撃しようとするなんて……。 これは……そう、正当防衛。当然の反撃です」 スタンドを攻撃されれば本体も傷つく。これはホワイトスネイクに教えられたことだし、実際に体感した事でもあった。 もしエア・カッターがホワイトスネイクに直撃していれば、ルイズもただでは済まないだろう。本当に命を落としていたかもしれない。 だからこそルイズの行動は自衛であり、それは認められている権利である。だから犯罪ではないのだと。 白蛇はそう説いたし、ルイズもへ理屈ではあると思いながら否定しなかった。 「……さようなら、ワルド様。憧れだったかもしれませんが、私は……愛して、おりました」 声にならない音がワルドの喉から響き、彼は呆然とした表情のまま、小さくて可愛く笑う悪魔の姿を見続けた。 ホワイトスネイクの腕が一閃し、キラリと光る2枚の円盤を抜き取る。硬く握り締められていたワルドの手から杖が転がり落ちた。 記憶と才能の全てを失った抜け殻が、どうと音を立てて草の上に崩れる。糸の切れた人形のように脱力し、二度と動き出す事はなかった。 「始祖よ。不幸な彼の魂を癒したまえ」 ルイズは彼の傍で膝を着き、始祖へ魂の平安を祈った。小さな唇を動かして定型文を言い終わると、今にも踊りだしそうな笑顔でホワイトスネイクへと向き直る。 不思議な光を発する2枚の円盤を見つめ、高鳴りすぎて破裂してしまいそうな心臓を胸の上から押さえつけた。 五月蝿いほどの脈動が内側から胸をノックし、手の平にまで振動が伝わる。ごくりと喉がなった。 「コレガ記憶DISC、コッチガ……才能ノDISCダ」 差し出されたそれを、聖なる供物のように恭しく受け取った。硬いのに柔らかい不思議な弾力があり、ルイズは薄氷にするようにおっかなびっくりな手つきだ。 DISCはまるで神様の持ち物のように幻想的に見える。傾けて太陽の光を当てると、キラキラと虹色の光を反射した。 例え1年中見ていても飽きないだろう。まだ幼いルイズでは理解し得なかったが、性の悦びにさえ近いほどの感動を感じていた。 手をそっと口に近づけ、DISCの表面に赤い舌を這わせていく。正に恍惚の表情を浮かべながら、乙女の首筋に牙を突き立てようとする吸血鬼のように笑った。 「はぁぁ……。素晴らしい……」 唇からは熱い吐息が洩れ、体が芯から燃え始めた様な錯覚を感じる。無機質なはずのDISCが、何よりも甘い甘いキャンディのように味わえた。 何度も舌をうねらせた後で、名残惜しそうに舌を離し、ホワイトスネイクに教えられたように額へと押し当てる。 僅かな抵抗を感じたが、それを過ぎるとスムーズに頭の中へDISCが収納されていった。やがて奥の方で、カチリと何かが嵌まり込んだような軽い刺激があった。 「成功、ダナ。……ルイズ。君ハタッタ今、風ノ力ヲ手ニ入レタゾ」 ルイズは目を閉じて両腕を広げ、木々の間を吹き抜けるそよ風を肌で視た。まるで風の流れに色がついたように、周囲を取り巻いている大気の動きが自然と頭に入る。 まるでつむじ風が体の中を循環しているような、今までに無い不思議な、しかし不快ではない感覚だ。ずっと欠けていた何かを手に入れたのだと悟った。 ホワイトスネイクは幸福の絶頂にある主の邪魔をするほど無粋ではななかったので、周囲を警戒しつつ死体の後処理を進めておく事にした。 マネキンのように手足をバタつかせる死体を小船へと積み込み、その後は本体の邪魔をしない程度に警護をしようと戻る。 幸福による茫然自失から立ち直ったルイズと共に泉へと船を進め、その中ほどでワルドの死体を船から落として水に浮かべた。 「さようなら、さようならワルド様。あなたはここで、弱かった私と共に眠っていてください」 ルイズの呟きと共にワルドの死体はどろどろに溶け始め、水と同化しながら泉の底へと霧散していった。 「……はい! 以上で本日の授業、"身近にある土の魔法とその応用"を終わります。 明日は教科書12ページからのスタートとなりますので、予習、復習は欠かさず行うように」 息継ぎをするように意識の表面へ顔を出すと、教室は授業を終えてざわめきを取り戻すところであった。 いつの間にか手に持っていた羽ペンを落としていたようで、真っ白な羊皮紙の上に投げ出されている。どうやら意識を飛ばしていたのは気づかれなかったようだ。 手早く机の上にある自分の道具を片付けながら、あのときの後始末も容易だったことを思い出した。 自分の体をエア・カッターの魔法で適当に傷つけた後で、庭師の一人をホワイトスネイクの能力で証人に仕立て上げたのだ。 二人してフェイス・チェンジの魔法でワルドに化けていた賊だったと証言すると、無能な大人たちは永久に見つかるはずも無い賊を探し続け、ルイズには優しく接してくれた。 それから1ヶ月は寝こんだ演技を続けなければならず、生活の面で少々不自由を強いられたが、それからの生活は薔薇色の一言に尽きた。 1週間ほどかけてコモン・マジックを少しずつ成功させ、2週間目にはコモンならほぼ完璧、系統も少しづつ解禁していった。 1ヶ月もする頃には自然に同年代のメイジたちに追いついていたし、誰もそれを不審には思わなかった。ワルド様の敵討ちという題目を掲げていたのだから、傍目にはサクセスストーリー物の演劇のように映っただろう。 今思い出しても顔が綻んでしまう。社交界の場にて「さんざ自慢してくれましたが、私のルイズは1ヶ月で追いつきましたわよ? もうそろそろ追い越しますわね」という意味の言葉に、醜く顔を歪めた豚どもの表情は傑作だった。 ルイズは力を手に入れる快楽に酔いしれ、麻薬患者のように虜になった。僅かながら感じていた罪悪感も、いつの間にか全く気にならなくなった。 露見さえしなければ罪ではないのだ。どれほどの努力を重ねても結果が出なければ無意味であるように、どのような悪行も白日の下に晒されない限り問題にはならない。 事実、ルイズの正しさは周囲が証明してくれた。奪った力を見せ付ければ、家族だけに留まらず誰も彼も褒めてくれたし、より力を望めば勉強熱心だと讃えられた。 どれほど貴族らしく在ろうと、力が無ければ蛆虫と同じなのだ。暴君であろうとも権力を持っていれば王であり、神のごとき聖人君子だろうが乞食なら野垂れ死ぬ。 ルイズは過去に復讐するように腕を磨き、知識を吸収しながら独自の世界を築き上げていった。 ガラスのような心は完全に砕け散り、ルイズが望むがままに変質し、金剛石のような硬度を得た。 憎悪を糧に根を張った暗黒のイグドラシルは、今も着実に成長を続けている。 過去に何十人もの人間を殺してきたルイズだが、自分の事は悪人だと思って居なかった。 なにしろ、まだ誰にもばれていないのだ。証拠を残すような馬鹿な真似はしておらず、つまりルイズは善良な貴族である。 そして、ルイズは強い。本気を出した彼女を止められる人物はこの学院でも片手の指に満たず、それは正しさの証明賞となった。 力こそ正義であり貴族の証だ。罪とは無力である事であり、神のごとき力の前には法も信仰も意味を成さない。 もし世界を作り直す力がある神が居たとして、箱庭の住民が神を裁けるだろうか? 答えはNOである。絶大なる力の前には、道理や法律は踏み潰されるだけなのだ。 強者であるという事は幸福である。天国へ行く方法をルイズは力に見出し、ただそれの為だけに存在していると言っても過言ではない。 ルイズは幸せになりたかった。無力であった頃のなんと惨めな事か、あの時のような屈辱は二度と味会わないたくなかった。 正直に言えば魔法学院など時間の無駄だとルイズは思っているが、外面があるので辞める訳にもいかない。傲慢さとは強者のみが持てるアクセサリーであり、まだ自分は実力不足だと思っていた。 まだその日には遠いが、目標さえ達成できれば、ルイズは絶頂に辿り着ける筈なのだから。 大切な宝石箱を開けるのは、そのときまでの辛抱だった。 前ページ次ページDISCはゼロを駆り立てる
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前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ 三〇三 君は、逃げろと一声叫ぶと踵を返し、全力で駆け出す。 自らの魔法が引き起こした思わぬ結果を前に、呆然と立ちつくすルイズの手をつかんで引っ張り、火狐とともに走るキュルケを追い抜く。 タバサは、小動物を思わせる俊敏さで君たちの数ヤード前をひた走りに走る。 坑道が後ろでどんどん崩れ落ち、土砂が君たちの頭に降り注ぐ。 幸い、道は下り坂のため、走る勢いは衰えない。 むしろ、勢いがつきすぎて転んでしまうことに注意せねばと考える君の耳に、背後からの小さな悲鳴が飛びこんでくる。 振り返った君が見たものは、床にうずくまって苦悶の表情を浮かべるキュルケの姿だ。 転んだ拍子に足首を捻ってしまったらしく、立ち上がろうとしても、すぐによろけて片膝をついてしまう。 彼女の傍らには≪使い魔≫の火狐が居て、なんとか主人を助けようとしているのだが、狼ほどの体格のこの獣に人ひとりを運ぶ力などあるはずもない。 君の視線を追ってルイズも振り返り、キュルケの窮地を目にする。 「キュルケ!」 顔を真っ青にしてルイズが叫ぶ。 「早く、早く立って!」 君は、ルイズに先に行けと告げると、足首を押さえて床にしゃがみこんでいるキュルケのもとへと全速力で走る。 駆けつけた君を見て、キュルケは 「なに考えてるのよ、あなたもフォイアも! あたしに構わないで、早く逃げて!」と訴える。 彼女がそう言うあいだにも、君たちの頭上の天井はひび割れ、たわみ、小石が頭や背中に降ってくる。 ひときわ大きく軋む音を耳にした君は天井を見上げ、背筋が凍るような恐怖を覚える。 道幅いっぱいの巨大な岩塊が今まさに、君たちめがけて落下しようとしているのだ! どうすべきか、すぐに決めねばならない。 キュルケの抗議を無視して彼女を抱え上げて走るか(一七二へ)、それとも自分だけでも生き延びるべく、彼女を見捨てて駆け戻るか(二四五へ)? 望むなら術を使ってもよい。 NIF・四三六へ HUF・四九三へ ROK・四一四へ FIX・四七三へ FOF・三八五へ 四七三 体力点一を失う。 樫の若木の杖は持っているか? なければこの術は使えず、もたついている間に岩塊は落下する。七五へ。 杖を持っているなら、突き出しながら岩に術をかけよ。 巨大な岩は落下の途中でぴたりと静止するので、この隙にキュルケを抱え上げ、ルイズとタバサの待つほうへと駆け戻ることができる。 三叉路まで戻ったあたりで落盤の音はやみ、君たちは足を止めて息を整える。 キュルケを抱きかかえながら走った君の疲労は大変なもので、彼女をそっと下ろしてから、ぜいぜいと荒い息を吐く(体力点一を失う)。一四七へ。 一四七 「やれやれ、大変な目に遭ったわね。ルイズの言ってたとおりになっちゃった」 キュルケはそう言って、赤い髪についた土埃を払い落とす。 タバサの≪治癒≫の術で足首の怪我を治した彼女だが、ときおり眉間に皺を寄せる様子を見るに、まだ痛みは残っているようだ。 君の気遣わしげな視線に気づいたキュルケは微笑み、 「大丈夫、タバサのおかげでもうなんともないわ。あなたにもお礼を言わなきゃね。あなたが来なかったら、今頃あたしもフォイアも石の下に埋もれていたわ。 素敵だったわよ、ダーリン。まさに勇者さまって感じで。あたし、惚れなおしちゃった!」と言う。 そのような調子で盛んに君を褒めたたえた後、ルイズにはうってかわって冷たい視線と悪罵を浴びせる。 「それに比べて、いちおうは主人のはずのヴァリエールときたら! 役に立たないだけならともかく、余計なことをしてあやうくみんなを殺しかけるなんて、最低よね。 なにもできない≪ゼロ≫は≪ゼロ≫らしく、村でおとなしく待っていればいいものを、しゃしゃり出てきてこのありさま。 身をわきまえるってことを知らないの?」 しばらくのあいだ無言でキュルケの顔を睨んでいたルイズだが、やがてもごもごと呟く。 「その……ツェルプストー……じゃなくって、キュルケ……」 「なによ、言いたいことがあるのならはっきり言いなさいよ」 「ご、ごめん……」 その言葉と同時に、大粒の涙が頬を伝う。 「ル、ルイズ?」 先祖代々の宿敵であるヴァリエール家の者の口から出た謝罪の言葉と、鳶色の瞳から流れ出た涙の両方に驚いたキュルケは、眼を白黒させる。 「その、ご……ご、ごめん! ごめんなさい!」 涙を流し、しゃくり上げながらそう言って深々と頭を下げるルイズを前にして、キュルケは滑稽なほどに慌てふためく。 「ど、どうしたのよルイズ? ラ・ヴァリエールの者がフォン・ツェルプストー家の人間に頭を下げるなんて、前代未聞のことよ? プライドの塊みたいなあなたがそんなことするなんて、信じられない……。それに、今までどれだけ≪ゼロ≫と莫迦にされても怒ってばかりで 涙一粒見せなかったあなたが、泣いちゃうなんて。あたし、そんなにひどいこと言った?」 「違うわよ」とルイズは言い、手の甲で涙を拭う。 「わたしもみんなの役に立ちたかった。誰にでもできる地図作りなんかじゃなくって、あんたやタバサみたいに、貴族らしく魔法で役に立ちたかった。 ≪使い魔≫の彼だっていろいろ魔法を使っているのに、わたしだけメイジらしいことをなにもしないで、ただ見ているってのが我慢できなかった。 だから、あんなことをしちゃったのよ」 そう言って、君たち三人の顔を見回す。 「でも、わたしのせいで、みんな死んじゃうところだった。キュルケには怪我までさせちゃった。それが今になって怖くなって、自分が情けなくなって……。 ごめんなさい、キュルケ。みんな、本当にごめんなさい……」 そこまで言ったところで、ふたたびルイズは泣き出す。 「ルイズ……とにかく泣き止みなさいよ。ほら、これを使って」 そう言って、キュルケは手巾を差し出す。五九へ。 五九 キュルケは、ようやく泣き止み落ち着いたルイズと君の顔を交互に見つめ、にっこりと微笑む。 普段浮かべるいたずらっぽい笑みとは違う、裏のない、心からの笑顔だ。 「使い魔召喚の儀式以来、あなた、変わったのね。前のあなただったら、内心でどう思っていても宿敵ツェルプストーの一員であるあたしに、謝ったりなんかしなかったわ。 そんな風になったのは、彼の影響かしら?」と言って、君をちらりと横目で見る。 「べ、別に使い魔は関係ないわよ……」 しどろもどろになって小声で呟くルイズに向かって、今度はキュルケが頭を下げる。 「な、なに?」 「あたしのほうこそ、あなたにお詫びするわ。あなたをさんざん莫迦にして、煽りたて、追い詰めてしまったことを。あんなことになった原因はあたしにもある。 許してね、ルイズ」 ルイズの顔がみるみるうちに赤くなる。 「あ、頭を上げなさいよキュルケ! 許すも許さないも、悪いのは全部わたしなんだから! あんたが謝ることなんてなにもないわ!」 「じゃあ、おあいこってことにしましょ? お互いに貸し借りなしってことで」 「あんた、ほんとにそれでいいの? わたしのせいで死ぬところだったのよ?」 「過去にとらわれないのは、ゲルマニア人の美点のひとつよ。あたしたちは伝統にこだわるトリステイン人と違って、未来に生きてるの。 さあ、この話はこれでおしまい。それよりも……」 キュルケが三叉路のほうに向き直って言う。 「冒険の続きをしなきゃね。左の道は埋まっちゃったから、今度は右に行ってみましょう」 そう言って君たちの先頭に立とうとする彼女だが、よく見れば怪我したほうの脚を軽く引きずっている――≪治癒≫の術だけでは治りきっておらぬのだ。 キュルケは自らが足手まといになるまいと、痛ましいほどの虚勢を張っているのだろう。 君はどうする? 探索をここで打ち切り、来た道を引き返すと告げるなら一八二へ。 右の通路を進むなら二五三へ。 一八二 君は、今回の探索はここまでだ、と一同に告げる。 目的のものを見つけるまでに、この先どれほどさまよい歩くことになるかわからぬのだから、脚を怪我した者がひとりでも出た以上は引き上げるべきだ、と。 この場でルイズたちと別れて、ひとりで探索を続けるなどもってのほかだ。 同行を認めた以上、自分には彼女たちを安全に外へと連れ出す責任がある、と君は考えているからだ。 「そう? 残念だけど、あんたがそう決めたのなら、しかたが……」 「ちょ、ちょっと待ってよ!」 安堵の表情を見せたルイズの言葉をさえぎって、キュルケが気色ばんだ声を上げる。 「心配してくれるのは嬉しいけど、これくらいどうってことないわ! あなたの故郷へのゲートを探し出すまでは、とことん付き合うって決めたのよ。 ちょっと歩くのが遅くなっただけで、べつに痛くなんかないもの!」 キュルケがそこまで言ったところで、タバサがすっと進み出る。 「痩せ我慢」 タバサはそう言うと、杖の先でキュルケの足首をつつく。 「~ッ!」 声にならぬ悲鳴を上げて悶絶するキュルケに、タバサは淡々とした口調で 「無理は禁物。撤退」と告げる。 「洞窟を出るなら、先に進んだほうがいい。風が強くなっている。近くに開口部があるはず」と、タバサは言う。 確かに、≪風≫の魔法使いではない君でも、通路の先からの空気の流れを感じとることができる。 君はタバサの意見に感心してうなずく。 窓――あるいは通風孔か戸口――さえ見つけてしまえば、そこから容易に洞窟の外に出られるのだ。 そこでタバサがシルフィードを呼び寄せれば、君たちはあっという間にタルブに戻ることができる。 長い道のりを引き返し、洞窟の入口に戻ってきているであろうオーク鬼の一団と一戦交える危険を冒す必要はない。 君は彼女の言葉に従い、開口部を目指し、そこから洞窟を脱出することに決める。 「ぜ、前言撤回、あたしもダーリンの意見に賛成。今回の探索は終わり。続きはまた日を改めてということで……」 眼に涙を浮かべたキュルケが言う――タバサをちらちらと横目で窺いながら。 「あの子って、おとなしいようで意外と行動派よね……」 額に冷や汗を浮かべたルイズが言う。 「それじゃあ、行きましょうか」 君たちは開口部を探すべく、右の通路を進むことにする。一三六へ。 一三六 君たちは上り坂になった通路を北へと進む。 やがて道は平坦になり、岩が剥き出しになった坑道めいた壁や天井が、しっかりとした石造りのものへと変化する。 さらに進むと、東壁に半開きになった鉄の扉を見つける。 君は扉に触れず、隙間からカンテラを差し込んで内側を照らし出す。 そこは一辺二十ヤードほどの正方形の部屋で、床にはたくさんの白骨が散乱している。 骨の大半は人間のもののようだが、妙に小さな、しかしがっしりと太い骨も見受けられる。 骨に交じって、折れた剣や錆びた斧頭、砕けた楯や兜が見つかる。 どうやらかつてこの部屋で、武装した二つの集団が衝突したことがあったようだ。 扉の隙間から見る限りでは、別の扉や調度品など、君の興味を惹くようなものはなにもない。 なにか見つからぬかと部屋に入ってみるか(三一六へ)、それとも死者はそっとしておいて通路を先へ進むか(二七〇へ)? 三一六 君はルイズたちに通路の外で待つように言い(部屋の中は、あまり少女たちに見せたくないような光景だ)、床に散らばる骨や武器、防具を調べる。 ハルケギニア様式の剣や槍と並んで、誂えや寸法からみて≪タイタン≫のドワーフのものに違いない、斧や戦槌、鎖帷子が見つかる。 遠く離れた二つの世界の武具が、持ち主たちの遺骨とともに並んで転がっているのは、なんとも奇妙な光景だ。 床に散らばる武器と髑髏を数えた君は、この部屋でなにが起きたかを推測する。 十人以上のハルケギニア人の戦士たち――洞窟を根城とする山賊か、それとも帰ってこなかったという噂の討伐隊か――はこの部屋で、 五人前後のドワーフの一団と遭遇したのだ。 両者は言葉を交すこともなく慌てて武器を構え、すぐさま熾烈な闘いが始まった。 その結果は、双方の全滅に終わってしまったようだ。 生き残った者が居たにしても、この洞窟を出ることはかなわなかったに違いない。 ドワーフたちはシエスタの曾祖父と同じく、アランシアの何処かにある地下迷宮を探索しているうちに≪門≫をくぐり抜け、このハルケギニアに迷い込んでしまったのだろう。 彼らはササキほどの幸運には恵まれず、ここで屍をさらすことになったのだ。 なにか情報をもたらす物はないかと、床に積もった埃を掻き分けるうちに、小さな羊皮紙の巻物を見つける。 さっそく拡げて読んでみるがあちらこちらが破れ、穴が開いているうえに、血の跡らしき黒い染みもついており、どうにか判読できる箇所といえば、 下半分に描かれた乱雑な地図くらいのものだ。 検討するうちに、地図が示すものがわかり出す。 これは、不完全なものではあるが、いま君たちが居る洞窟の地図のようだ。 地図の上方に『輝ける門・出口』という書き込みを見つけ(君のドワーフ語の知識はあやしいものなのだが)、君は快哉を叫ぶ。 驚くべきことに、ドワーフたちがくぐり抜けたであろう≪門≫の位置が記されているのだ! 「ちょっと、まだなの? いつまでも寄り道してないで、早く行きましょうよ」 通路のほうからルイズの苛立った声が聞こえてきたので、君は羊皮紙を片手に部屋を出る――名も知らぬ悲運のドワーフたちと、守護神リブラ、 幸運の女神シンドラに感謝の祈りを捧げながら。一九四へ。 前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ
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722 :雪風の贈り物 ◆mQKcT9WQPM :2007/01/23(火) 10 26 11 ID oge8zg7E タバサは記憶力がいい。ちょっとした口約束でも、詳細に覚えている。 だから、つい弾みで言ってしまった『魔法具屋をひやかしにいくか』という話を、タバサははっきりと覚えていたわけで。 その虚無の曜日、才人はタバサとともに魔法具屋をひやかしに町へとやってきた。 のだが。 タバサの案内で向かったそこには、魔法具屋はなかった。 店内からは何の気配も感じられない店の扉に、こう張り紙がしてあったのである。 『長らくのご愛顧、ありがとうございます。当店は本日をもって閉店いたします』 かつてタバサが『誘惑の肌着』を買い求めた魔法具屋は、閉店していたのだった。 …こ、今度こそ『オーガの血』買おうと思ってきたのに…。 そのためにへそくりまで出してきたタバサであった。 「ま、やってないんじゃしょうがないよ。他の店当たろう」 そう言って才人はタバサを促す。 しかし問題があった。 二人とも、町の魔法具屋の所在など、知らなかったのである。 結局昼前まで探しても、魔法具屋の情報は得られなかった。 …庶民にとって魔法は縁遠いものだから、しょうがないのかな…。 私は諦め半分で、目の前のパスタをすすった。 「しょうがないよ。もう魔法具屋は諦めて、他の店回ろう」 サイトがそう言ってくれるけど…。 …『オーガの血』欲しかったなあ…。 まともな時に使ったらどれだけキモチイイんだろう…。 「シャルロットよだれ垂れてるぞ」 サイトの呆れた声が私を現実に引き戻す。 い、いけないいけない。 私は慌てて目の前のパスタを掻きこんで、涎を誤魔化す。 そんな私に、何か思いついたような顔をして、サイトが語りかけてくる。 「いい事思いついたぞ」 なんだろう? 私は食べるのを止めて、サイトの提案を聞く。 「別々に行動して、買ってきたものをお互いにプレゼントし合うってのはどうだ?」 プレゼント? サイトが私に、プレゼントっ!? するとアレかな、指輪とか買ってくれて、いきなりプロポーズとかっ! そ、そんなダメだってば、まだ早いってば!お母様にもちゃんと紹介しなきゃだし! 「それでどう?」 サイトの声にまた現実に引き戻される私。 …いけないいけない…最近どんどん妄想が酷くなる…。 蔵書の半分を越えた、恋愛小説のせいかしら…。 でも、サイトの提案は面白いかもしれない。 私の買って来たもので、喜ぶサイトを想像する。 …い、いいかもしれない…! 「うん」 私は首を縦に振って肯定を示した。 723 :雪風の贈り物 ◆mQKcT9WQPM :2007/01/23(火) 10 26 42 ID oge8zg7E さーて、シャルロットの喜ぶものを探しますか。 俺はシャルロットと別れると、表通りに出た。 俺がシャルロットにプレゼントしようと思ったのは、服。 あいつなんかいっつも制服ばっか着てるし。 シャルロットの制服以外の格好っていったら、いつぞやのパーティーで見たドレスと、寝間着くらい。 …例のスク水は除きます。 だから、普段使いにもできるような、ちょっと小洒落た服を買ってやろうと思ったわけで。 俺は一軒の仕立て屋に目をつけると、そこに入った。 「いらっしゃいませ」 女の店員さんがにこやかに出迎えてくれる。 …アレ? なんか俺の考えてたのと違うゾ…? 店の中には服はなかった。 ていうか、どこを見ても服なんて一着も置いてない。 店の中には、ロールにされた布地があって、店員さんのいるカウンターがあるだけ。 ブティックみたいなの想像してたんだけど…。 俺は店員さんに尋ねる。 「あの、ここ服屋さんですよね?」 何聞いてんだか、ってな顔をして店員さんが応える。 「ええそうですとも」 「服、買いたいんですけど」 「でしたら、こちらのリストから欲しい服のデザインをお選びくださいな。そのあと採寸いたしますので」 そ、そうなのかーーーー! そして店員さんの差し出したのは、男物の服のカタログ。 …まあ当然っちゃ当然なんだけどさ。 「え、えっと、知り合いの女の子にプレゼントしたいんですけど…」 「あら素敵。でも、サイズが分からないと仕立てられないですよ?」 ぐはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! サイズって!サイズって!わかんねーよそんなの!こっちの単位とか知らないし! ちびっ子でぺったん子くらいしかわかんねーよチクショウorz 「わ、わかりません…。失礼しましたぁ…」 そう言って俺が諦めて店を後にしようとした時、店員さんが俺を引きとめた。 「じゃあ、布のアクセサリーなんかいかがです?」 そう言って店員さんは、アクセサリーの載ったカタログを広げて見せた。 そっか、これなら…。 724 :雪風の贈り物 ◆mQKcT9WQPM :2007/01/23(火) 10 28 32 ID oge8zg7E 夕刻になって、二人は学院に帰っていた。 プレゼントはまだ交換していない。二人とも、手に紙袋を持っている。 部屋についてから交換しよう、というタバサの提案で、二人ともまだ交換していない。 才人には、赤くなってずっともじもじしているタバサの様子が気になってしょうがなかったが…。 タバサの部屋に着くと、さっそく才人は自分のプレゼントを取り出した。 早くタバサに着けてみたかったからである。 「はい、これ。仕立て屋さんで作ってもらったんだ」 才人の買って来たものは、薄い水色に、金糸で綴られた花の刺繍の美しい、大きなリボンのついた髪留め。 才人はさっそくそれを、タバサの後ろ髪に着ける。 「お、似合う似合う!」 考えていたものと少し違う結果に、タバサは少し憮然としていたが、才人の反応を見て部屋の姿見の前にとてて、と駆け寄る。 鏡に映った自分の姿を見て、驚いた顔をする。 「な、似合ってるだろ?」 才人の言葉に、タバサは嬉しそうにこくこくと頷く。 そして、笑顔で 「ありがとう」 と言った。 そして鏡の前で、回ったりポーズをとってみたりする。 こんだけ喜んでくれたんだから、ちょっと高くても買った甲斐はあったなあ。 無邪気に喜ぶタバサを見て、才人はそう思う。 そして、才人はタバサのプレゼントを催促してみた。 725 :雪風の贈り物 ◆mQKcT9WQPM :2007/01/23(火) 10 30 16 ID oge8zg7E 「…ちょっと、部屋の外で待ってて…」 才人の催促に何故か少し赤くなり、タバサは才人を押して部屋の外に追い出す。 …なんなんだ? 袋のサイズから考えて、そう大きなものでもないだろう。 するってえとアレか。アレなのか? 才人の頭の中に、あまりにもお約束な妄想が走り抜ける。 『私がプ・レ・ゼ・ン・ト♪』 …いや最近のシャルロットだったらありえる…。 才人は大人しく部屋の外に出て、タバサの声を待った。 しばらくすると、扉の向こうから、 「は、入って…」 というタバサの声がした。 もーしょうがねえなあ受け取ってやるかあ、とすでにエロモードに入った才人が扉を開ける。 すると、ベッドの上でシーツに包まったタバサがいた。 その頭の上には、見慣れないものがついていた。 黒いカチューシャにくっついた、大きめの垂れた茶色い毛皮…ぱっと見、タバサに垂れた獣の耳がついたように見える。 タバサはぱさっと、シーツを脱いで、身体を晒した。 その首には、長い紐のついた赤い首輪。 才人からではよく見えないお尻からは、大きな長いやっぱり茶色い尻尾。もちろん身体は裸であった。 「…あ、あのう?」 裸にリボンの予想の遥か斜め上を行っているタバサの格好に、才人は思わず疑問符を飛ばしてしまう。 「…わ、私のプレゼント…」 真っ赤になりながら、器用にお尻を振って尻尾を揺らしながら、タバサは言った。 「ぺ、ペットの犬…」 57 :雪風の贈り物 ◆mQKcT9WQPM :2007/01/27(土) 01 44 47 ID XZSOX453 贈り物は、贈って喜ばれるものが基本。 だから、タバサは、才人の喜びそうなモノを探した。 で、裏町まで探しに行ったら。 『ちょっとアレな旦那様にぴったり!』 という売り文句に惹かれて、入った店でオススメされたのがコレだった。 で、結果はといえば。 才人はタバサの目の前で固まっている。 どうリアクションしていいかわからないのだ。 「…サイト?」 沈黙に耐え切れなくなったタバサが、真っ赤な顔で才人を四つん這いになりながら見上げる。 当の才人は、何度か深呼吸したあと、タバサに向かって言った。 「あのさ、どういう理由でソレ選んだわけ?」 タバサは俯いて、才人から視線を逸らしながら応えた。 「…ちょっとアレな彼氏にぴったりって…」 …あの、俺そういう風に見られてるんすか。 あーそーですか。 才人の中で何かがキレた。 才人はベッドに上がると、タバサの首輪から垂れる紐を手にした。 それを軽く引くと、タバサの顔を自分の方に向かせる。 「…それでこういう格好するシャルロットもそーとーアレだと思うけど?」 その才人の言葉に、やっぱり赤くなって、タバサは。 「う、うん…。 私も、サイトと同じくらい…その、アレだと思う…」 なんと、頷いて見せたのだ。 才人はそんなタバサを見て、くは、と息を吐くと。 「じゃあ思いっきりアレなことしちゃおうかねー!?」 ケダモノになった。 58 :雪風の贈り物 ◆mQKcT9WQPM :2007/01/27(土) 01 45 33 ID XZSOX453 とりあえず俺は裸になると、シャルロットをベッドに押し倒した。 シャルロットは抵抗らしい抵抗もせず、ベッドにころん、と仰向けになる。 頭の犬耳と尻尾のおかげで、それはまるで犬の服従のポーズのように見えた。 そっかー、犬なんだっけね今は。 そこで。 俺は、ペットの犬がもしそうしたらするであろうことを、シャルロットにもしてあげた。 「ふぁっ、やあっ」 無防備なお腹を、右の掌で撫で回す。 絹のような肌理の細かい肌が、俺の手に吸い付いてくる。 「やぁっ…サイトぉ…」 タバサが潤んだ目で訴えかけてくる。 わかってますよー。お腹じゃ物足りないんですよねー? でも俺はその視線を無視して、執拗にお腹を撫で回す。 「シャルロット、どうして欲しいか言ってくれなきゃ?」 お約束だけども、やっぱこれは外せません。 するとシャルロットは、赤くなって視線を外して、言って来た。 「お願い、胸も…アソコも…もっといじって…」 はいよくできました。 今度は、両手でもってシャルロットの胸を覆う。 ほんの少し膨らんでいるそこを、俺は掌で押しつぶす。 そして、自己主張を始めたシャルロットの胸の核を、指の間に挟んで磨り潰す。 「あっ、あっ、はぁっ、ふぁっ」 シャルロットの声が、先ほどよりもずっと艶を含んだものになる。 表情も、先ほどまでの不満げなものと違って、完全にとろけてイヤラシイ笑顔になっている。 そんな顔がまた、嗜虐心をそそるわけで。 「シャルロット、イヤらしい顔してる」 耳元でそう囁いてやる。 するとみるみる赤くなり、俺の視線から顔を逸らし、顔を隠す。 むはー。たまりませんねー。 そんなシャルロットを見てたら、ガマンきかなくなってきた。 俺はシャルロットに覆いかぶさると、シャルロットの膝の裏に手を当ててM字に開かせ、すでに臨戦態勢の息子をシャルロットの入り口に押し当てた。 「あっ…」 それを感じ取ったのか、シャルロットの視線が俺の息子とそれに蹂躙されようとしている割れ目に注がれた。 少し腰を進めて入り口を割り開くと、ちいさな喘ぎとともにシャルロットの表情がとろけ始める。 しかし、俺の責めはこんなカンタンに済んだりはしないのである。 特に今日のシャルロットは犬なのだからして。 俺は先っちょだけ入った息子をシャルロットから引き抜いた。 「えっ…?」 これから訪れる快感に胸躍らせていたであろうシャルロットの顔が、困惑に彩られる。 さーて、本番イキマスヨー? 「今日のシャルロットは犬だから…。後ろからしようか」 59 :雪風の贈り物 ◆mQKcT9WQPM :2007/01/27(土) 01 46 38 ID XZSOX453 だ、だめ!後ろはだめ! 私は必死に頭を振って否定する。 「だぁめ。シャルロットの飼い主は俺だからね。どうしようと俺の自由でしょ?」 だ、だめなの!今日はだめ! だって、あんな、あんな恥ずかしいのっ…! でも、抵抗する間もなく、サイトは私を四つん這いにしてしまった。 だめっ…!見られるっ…! 「な、なんだこれ…?」 うー、は、はずかしいよぉ…。 サイトの目には今、私のお尻から生えている尻尾が丸見えになっているだろう。 そう、問題は尻尾だった。 これ、貼り付けたりしてるんじゃなくて…。 「お尻から…出てる…?」 お尻の穴に、挿して…ある。 それも、外から見える尻尾だけならいいんだけど…。 ぬぽんっ! やっ!だめっ!引っ張ったらだめぇっ! 「うわ、すご…」 こ、この尻尾の根っこから先は…柔らかい棒に通された、不ぞろいの球体が続いている…。 だから、引っ張ると…。 ぽんっ、ぬぽんっ! 「ひ!や、だめ、ひっぱっちゃだめぇっ!」 さ、サイトが引っ張るたびに、球体が肛門を押し割りながら出てきて…まるで、出しているみたいな…! ぬぽっ、ぬぽっ 「やぁ、だめ!だめぇっ!」 だめ、これ以上、だめぇぇっ! ぬぽぽっ!ぬ…ぽんっ! 「ひ、あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」 一番最後の、一番大きな球体が引き抜かれると同時に…私は逝ってしまった。 心地よい闇に、意識がしずんでいく…。 でも次の瞬間。 60 :雪風の贈り物 ◆mQKcT9WQPM :2007/01/27(土) 01 47 20 ID XZSOX453 ぬぷっ!ぬぷぷっ! 「ひゃぁぁっ!?」 お尻から走る電流に、私の意識が無理矢理覚醒する。 「尻尾ちゃんと戻さないとね?」 サイトがっ…!尻尾をっ…!押し込み始めたっ…! ぬぷんっ!ぬぷっ! 「ひゃぁっ、またぁっ、だめえっ」 「犬に尻尾は必要だもんね?ちゃんと戻してあげる」 今度はいくつも球体がお尻に入り込む感覚に、私の中のケダモノが吠え狂う。 「らめっっ!またぁっ、くるぅっ!」 さっきとは違う快感に、また私の意識が高みに持っていかれる。 でも、トドメを刺したのは、押し込まれる球体の感覚じゃなかった。 「こっちもヨダレたらしてかわいそうだから、入れたげる」 ぐちゅうっ! 「あ、あ、あ、あ、ああぁぁぁーーーっ!」 涎を垂らして震えていた私の入り口を、サイトが思い切り貫いた。 一番奥まで貫かれる快感と、お尻を犯される快感に、私はまた…達した。 才人は腰を一切動かさず、タバサの尻尾を抜き差ししてタバサを責めていた。 「や、だめ、またくる、きちゃうっ!」 何度も肛虐で達し、タバサの秘裂は容赦なく何度も才人を締め上げる。 しかし、一切動かない才人は、その責めに耐え抜いていた。 「ふぁぁっ!」 達するたびに意識を失いかけるタバサだったが、止まない才人の責めに、強制的に意識を繋ぎとめられる。 眼鏡は止まない責めにずり落ち、その顔は涎と涙でベトベトになっていた。 「も、らめ、ひぬ、ひんじゃうっ!」 すでに上半身を支える役割を放棄した両腕は、枕を抱え込んでいた。 その枕は、タバサの涙と涎でベトベトになっている。 股間から溢れた液体は、タバサの内腿を満遍なく濡らし、シーツに染みを作っていた。 才人はそんなタバサに背中から密着し、その耳元で囁きかける。 61 :雪風の贈り物 ◆mQKcT9WQPM :2007/01/27(土) 01 48 04 ID XZSOX453 「頑張れよシャルロット、ここからが本番だからな」 「…え…」 一瞬止んだ責めと、才人の言葉に、タバサの理性が戻る。 …本番、って…? しかし、それは一瞬だけの平穏だった。 才人は腰の封印を解除し、グラインドを開始した。 それと同時に、タバサの尻尾を抜き差しするのも忘れない。 「やぁっ、だめぇっ!なにっ、これなにぃっ!?」 膣道の中を熱く灼けた才人が前後する感覚と、腸内を球体が行き来する感覚が、破壊的な快感となってタバサの脳髄をかき回す。 今まで感じたことのない快感の奔流に、タバサの意識は焼き切れ、そしてその快感の電流に覚醒する。 「ふぇ?ふぁ、あぁ、やぁっ!らめぇっ、ひぁ、ふぁぁっ!」 もう、逝っているのかどうかすらわからない。 才人が達するまで、この責め苦は終わらない。 「ひぁ、ふぁ、あひ、やぁ、ひぃ、あふぅっ」 「しゃ、シャルロットっ…!」 そしてついに、才人が限界を迎える。 緩みきったタバサの子宮口を押し割り、才人の先端から大量の欲望が吐き出される。 「ふぁっ、はっ、あはぁっ」 その迸りを感じ、タバサはもう何度目かも分からない絶頂を迎えた。 才人は、脱力舌タバサから脱力した己自身を引き抜く。二人の間に、牡と雌の混合液の橋が渡される。 そして、ようやく、タバサは夢に落ちる事を許されたのだった。 62 :雪風の贈り物 ◆mQKcT9WQPM :2007/01/27(土) 01 49 47 ID XZSOX453 「お散歩♪」 帰ろうとした才人の後ろに、にっこにっこしながらタバサが着いて来た。 制服に、犬耳と首輪と、才人のプレゼントしたリボンをつけて。 「あ、あのーう、シャルロットさん?」 俺これからルイズの部屋帰るんだけども、と言おうとした才人を、タバサの台詞が遮る。 「私はサイトのペットだから」 言って、首輪から伸びた紐を両手で突き出してくる。 にっこにっこしながら。 「いや気持ちは嬉しいんだけどもさ」 首輪つけたタバサを引き回しているとこなんか見られたら、究極のへんたいさん呼ばわりされるに違いない。 才人はなんとかしてタバサを部屋に戻そうとしていると。 「へーーーーーーーえ」 もんの凄く冷たい声が、廊下の先から響いてきた。 「サイトさん、そういう趣味あったんだぁぁぁぁぁぁ?」 全てを凍らせる地獄の風。 その風の源は、まるで箒を剣のように背負い、廊下を一歩一歩歩いてきた。 「し、シエスタ…!」 地獄からやってきたメイドは、周囲の空間を歪ませながら、才人に近寄ってくる。 「あ、あのシエスタさんこれには色々とわけがあってですねっ!? や、やだなあ僕が浮気なんかするわけないじゃないですか?」 「言い訳は後で聞きます。とりあえず今はお仕置きさせてください♪ミス・ヴァリエールのぶんまで♪」 ぱしんぱしんと箒を手にたたきつけながら、シエスタは間合いを詰めてくる。 才人はその殺気に足がすくみ、動く事すらままならない。 才人は、後ろで控えるタバサに助けを求める。 しかしタバサは、いやな笑顔を貼り付けていた。 ・・・あれ? お こ っ て る? 「私も聴いてみたいな、サイトの言い訳」 しまった墓穴掘ったーーーーーーーーーーーーーーー!? その後才人は、箒と杖でさんざん小突き回され、女子寮の外に簀巻きにして放り出され、『究極のへんたいさん ここに眠る』と書いた紙を貼り付けられたのだった。〜fin
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405 名前:脳内11巻[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00 07 19 ID 5bs6rUMc タバサたち母娘を救出した後、才人たちは陸路でゲルマニアへ向かった。 数日かけて荷馬車でゴトゴト。窮屈な旅である。モンモランシーはさっさとこの衣装を脱ぎたいとしきりに訴えていたが、元の服は『魅惑の妖精』亭に預けっぱなしである。新しい服を買う余裕もないので仕方なかった。 それでも旅は順調だった。二日目の午後にはゲルマニア入りし、安宿で才人たちは大きく安堵した。 ここまでくれば、もう追っ手の心配はほとんどない。 部屋はベッドが二つある大部屋と、普通の小部屋の二つを借りた。人数が増えたためである。 小部屋にタバサの母と、タバサ。シルフィードももちろん一緒だ。しゃべれるのが嬉しいのか、シルフィードはずっと人間の姿をしたままだった。 大部屋にはその他全員。とはいっても、キュルケはほとんどタバサに付ききりだし、モンモランシーはタバサの母に薬を飲ませたり世話をしているので、寝る場所だけの問題である。交代で荷馬車の中で睡眠をとっていたので、全員一緒に寝る必要はないのであった。 「なあ、ルイズ。どうしたんだ」 夕食を済ませ、部屋で一息つくと、才人はベッドに腰掛けているルイズに声をかけた。少し前からルイズの様子がおかしかったのだ。 もう一つのベッドでは、ギーシュとマリコヌルが早くも寝息を立てている。モンモランシーは隣室でタバサの母に夕食を食べさせているはずだ。タバサも一緒にいる。 キュルケはいない。さきほど唐突に「ごめん、忘れものがあったわ」と言ってシルフィードと一緒にどこかへ行ってしまった。そんなわけで、現在部屋で起きているのはルイズと才人の二人だけであった。 「ううん、なんでも」 ルイズはそっけない素振りで首を振る。 「なんでもないってことないだろ。さっきからため息ばっかだし、目はきょろきょろしてるし、ヘンだぞお前」 はあ、とルイズは大きくため息をついた。 406 名前:脳内11巻[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00 08 19 ID 5bs6rUMc 今、彼女の抱えているものは些細な問題である。まあ、彼女にしてみれば大問題ではあったが、極めて個人的な葛藤であった。 ルイズはジト目で才人を見る。 この使い魔は、普段相談したいことがあっても気付かずにメイドとイチャイチャしたりするくせに、どうしてこういうどうでもいい時だけ鋭いんだろうか。 それでも、単純に気にしてくれたことが嬉しくもあったので、ルイズは渋々といった口調で話し始めた。 「あのね、わたし達これからキュルケの家に向かうわけよね?」 「ああ」 「わたし、キュルケのご家族になんて名乗ればいいと思う?」 「は?」 問われて才人は面食らった。そんなの普通に名乗ればいいじゃないか。 と、そこで気付く。ルイズの家とキュルケの家は、不倶戴天の仇敵同士だったっけ。 「もしかして、キュルケの家の世話になるのが嫌なのか?」 「そんなわけないでしょ」 ルイズは目を細めて才人を睨んだ。 「もう先祖の確執とか、わたしはどうでもいいのよ。キュルケは誠意を示してくれたんだから、今度はわたしが示す番だわ。それが貴族としての礼儀だもの。でもわたし、姫さまにマント返しちゃったでしょ」 才人は頷く。 「だから本来、名乗りたくても名乗れないの。でも、キュルケのご家族にとってはわたしはやっぱりラ・ヴァリエールのはずなのよね。それを隠して世話になるのは卑怯だと思うの。でも名乗ったら多分ただじゃすまないし、まあ……、名乗れないんだけど」 言いながらだんだん声が小さくなっていく。どうやらルイズの中では複雑な葛藤があるようだった。 仕方ないので、才人は正直に答える。 「悪い。複雑すぎて俺にはよくわからん」 はあ、とルイズは再び大きくため息をついた。 目が、この役立たず、と言っている。 言われても困る。才人は未だに、そうした貴族の意地とかプライドとか礼儀とかいった機微がよくわからないのだ。貴族を辞めたといっても、ルイズはやはり誇り高い貴族のままだった。 やがて、ルイズは諦めたようにもぞもぞとシーツをかぶり、 「……寝るわ」 と言った。 407 名前:脳内11巻[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00 09 32 ID 5bs6rUMc 昼間に馬車で仮眠を取ったせいか、才人は目がさえてしまっていた。まだ眠る気にはなれない。 隣室を覗くと、モンモランシーが椅子に座ったまま舟を漕いでいた。タバサの母も深く眠っているようだ。夕食も、夕食後の薬も摂り終えたらしい。 タバサはいない。どこかへ出掛けたのだろうか。 「モンモン。椅子なんかで寝てたら体壊すぞ」 声を掛けると、モンモランシーは虚ろな目で「ふわ」と声をあげた。 「ああ……、つい寝ちゃったわ。だめね、昼間寝とくべきだったか」 「薬の追加作ってたんだろ、馬車の中で。しょうがないさ」 眠り薬は調合が簡単とはいえ、揺れる馬車の中ではそうもいかない。随分と目を疲れさせてしまったようだ。 「部屋に戻って寝ろ。歩けるか」 モンモランシーは片手を挙げて返事しながら、ふらふらと立ち上がる。 「ルイズの方のベッドで寝とけな。ギーシュが寝てる方はぽっちゃりさんがいるから、狭い」 「ふあーい」 貴族らしからぬ返事に、すっかりモンモンも砕けたなぁ、と才人は苦笑する。 「あ、タバサどこ行ったか知ってる?」 「ん……、ああ、さあ。散歩じゃない?」 そう言いながら、モンモランシーはふらふらと大部屋に入っていった。 しょうがないなぁ、と才人は一度部屋に戻ってデルフを背負い、階段に向かう。 ゲルマニア入りしたとはいえ、追っ手の可能性が消えたわけではない。軍はさすがにもう追ってこないだろうが、特殊な刺客がこっそり狙ってる可能性は依然としてあるのだ。その上、タバサは今、杖を持っていない。 アーハンブラの城に、タバサの杖はなかった。隠されたのか捨てられたのか、折られたのかわからない。彼女を捕まえた連中にしてみれば不要のものだろう。取っておく理由がない。 杖のないタバサは、ただの少女と変わりなかった。 階段を降り、一階の酒場を抜けて玄関を出る。 外はすっかり日が暮れて、人通りもほとんどなくなっていた。 左右を見渡すと、左手を流れる川の橋の上に、見慣れた目立つ青い髪があった。 才人は安堵の息をつくと、そちらへと向かう。 タバサは橋の欄干にもたれ、空を眺めていた。とっくに才人には気付いているはずなのに、その視線はぴくりとも動かない。 月明かりに照らされたタバサの幼い顔は、神秘的な美しさを湛えていた。 408 名前:脳内11巻[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00 11 52 ID 5bs6rUMc 季節は春とはいえ、夜風が吹くとまだ肌寒い。橋の上は風の通り道だった。 「寒くないか?」 近付きながら声を掛けると、タバサは首を小さく横に振って答えた。 タバサはルイズと同じような、質素なワンピースに身を包んでいる。幽閉時に着せられていた豪奢な寝巻き姿のままではいくらなんでもまずいので、昨日キュルケが適当に選んで買ったものだった。その際、靴も一緒に買っている。裸足だったからだ。 余ったお金でシルフィードの服装も整えたら、それでキュルケの持ち金はほとんど尽きてしまった。あとは宿代くらいしかない。 いつもの白タイツも白ニーソもはいてないので、スカートからは細い生脚が覗いていた。 月は二つとも満月だった。そのせいか、夜なのに随分と明るい。太陽とは違う冷たい光が、夜の空をやわらかく照らしていた。 才人はタバサに並んで欄干に寄りかかり、同じように空を仰いだ。 「……はあ。相変わらずすごい月だよなぁ。参っちゃうよなぁ」 思わず呟く。 ハルケギニアに召喚されてほぼ一年。何度も見ているとはいえ、未だにこの二つの月には慣れない。堕ちてきそうなほど大きいので、なんだか不安になるのだ。 ふと見ると、タバサが不思議そうに才人を見つめている。 才人は言い訳でもするかのように言葉を継いだ。 「俺の世界には、月は一つしかないからな。こんなにでっかくもないし」 言ってしまってから、才人は気付いた。 「あ、俺、別の世界から来たんだ。言ってなかったっけ」 タバサはこくりと頷き、そのあと首を横に振って、 「竜の羽衣の時に、そんな気はした」 と言った。 「そっか」 才人はなんだか意外な気がした。才人が異世界から来たことは、ルイズはもちろんオスマンにアンリエッタ、コルベールだって知ってる。キュルケもコルベールから聞いてるような感じだった。 どこまで理解してるかは不明だが、シエスタだって知ってるのだ。すっかりみんな知ってるものだと思っていたのである。 そういえば俺、ギーシュたちに言ってたっけ、と才人は考える。言ってなかった気がする。こう考えてみると、ルイズの虚無よりも周囲の認知度は低いのかも知れない。 というか、東方のロバなんとかの出身ってことになってたんだっけ、と才人は思い当たる。そんなことまで忘れていた才人であった。 409 名前:脳内11巻[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00 12 52 ID 5bs6rUMc 「まあいいや。俺はこことは違う、別の世界で生まれたんだ。月は一つしかなくて、魔法使いはいない。竜とかエルフとかもいない。貴族もいない」 「貴族もいない?」 不思議そうなタバサの問いに、才人は頷く。 「大昔はいたし、今もいる国もあるのかも知んないけど、俺の国にはいなかったな」 「誰が国を治めてるの?」 タバサが素朴な疑問を口にした。貴族がいないということは、王さまもいない。地方を治める領主もいない。どうやって国政を執っているのか興味がわいたのだろう。 「えーと、総理大臣」 「ソーリ大臣?」 重ねて訊かれて才人は困った。民主主義の詳しい仕組みなんて知らない。 「うーん、選挙するんだ。政治家になりたい人が何人か立候補して、国民がその中から投票で選ぶのかな。総理大臣ってのは、政治家の中で一番偉い人……かな」 言ってて自分でも自信がなくなってくる才人であった。 「ごめん、俺もよくわかってない。二十歳になるまで選挙権ないし、公民苦手だったし」 頬をかいてそう言うと、タバサは「そう」と言って視線を戻した。 タバサはもう空を見ていない。なにか考え込むかのように、川の水面を見つめていた。 心地よい沈黙が流れた。風が二人の髪を絶え間なく梳いてゆく。 川面を魚が跳ねた。鱗が月光を弾いて、きらきらと光った。才人はそれをぼんやりと眺めていた。 ここしばらくなにかと忙しかったので、こうした安寧な時間は久し振りだった。もちろん今だってタバサの護衛のつもりなのではあるが、それでもこうして二人でいると、なんだかほっとするのだった。 なんでだろう、と才人は考える。ルイズと一緒だと、嬉しくてドキドキする。たまに怖ろしくてドキドキする。シエスタの場合は、落ち着くし懐かしい感じがするけど、やっぱりドキドキする。 タバサの場合、このドキドキがない。干渉してこないからだろう。ずっと傍にいても不自然でなくて、でも、いないとなんとなく物足りない。 不思議な子だな、と才人は思った。 「……サイト」 と、唐突にタバサが才人を呼んだ。名前で呼ばれるのは初めてだったので、不覚にも才人はどきりとした。 タバサは顔を上げ、まっすぐに才人を見つめている。 「わたしはあなたに二度、救われた」 「へ?」 「一度目は命を。二度目は心を。だからわたしの命と心はあなたのもの」 410 名前:脳内11巻[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00 13 36 ID 5bs6rUMc 「え?」 才人は目をぱちくりさせた。突然すぎて、意味がよくわからない。 なんか、さらっととんでもないことを言われた気がする。 やがて、水が滲みこむようにその言葉の意味を正しく理解し、咀嚼し、才人は慌てた。 「ちょ、まま待てって、なにトンデモないこと言ってんだお前!」 いつか見た夢を思い出す。あれは悪夢だったが、これは夢じゃない。 才人はぐるぐると目を回した。 「それに、そんなこと言ったら俺だってお前に何度も助けられたし、お互いさまだろ!」 タバサはゆっくりと首を振る。 「わたしはただそこにいて、できることのために杖を振ってただけ。あなたはできるはずのないことに挑んでくれた」 「いや、でも、だって、俺こう見えても一応伝説だし。できないかどうかなんて、やってみないとわからないし」 「だからこそ」 そう言って、タバサは才人に向き直った。直立したまま、右手を胸に添える。優雅な動きだった。 ガリア王家の正式な敬礼の作法なのであるが、もちろん才人にはわからない。 「雪風のタバサ。世をはばかる名を、元ガリア北花壇騎士七号、シャルロット・エレーヌ・オルレアン。今は捧げる杖すらなく、すでに貴族の身でもないけれど、この命とこの心、あなたに捧げます」 くらくらした。ワインをがぶ飲みした時みたいに、頭が揺れる。 タバサはじっと黙って、才人の言葉を待っているようだった。 外見こそ幼いけれど、タバサの年はルイズと一つしか違わない。才人と二つしか違わない。才人の世界でいえば、この春に高校入学するはずの年齢である。信じられないが。 改めて気付くまでもなく、タバサは綺麗だ。白磁のような肌も、宝石のような艶やかな髪も、全体に纏った気品も、ルイズに少しも劣らない。 夢で見たよりも、タバサは綺麗だった。 ティーカップのような、白くて丸い頬。 形の良い貝殻のような、桜色の清楚な唇。 眼鏡の奥の、深碧の湖のような神秘的な瞳。 混乱する頭のまま、どこか冷静な思考で才人はそっと手を伸ばし、タバサの眼鏡を外した。考えて取った行動ではなく、ただ、もっとその瞳を覗き込みたくなったのである。 411 名前:脳内11巻[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00 14 37 ID 5bs6rUMc しかし、タバサはその瞳を閉じてしまった。別に意地悪をしたわけではない。目を閉じ、ややあごを上げて、胸の前で手を抱えただけである。 どこで習ったのか、誰に聞いたのか、はたまた本で読んだのか、それは男性に眼鏡を外された時の正しい少女の仕草だった。 どきん! と才人の心臓が跳ね上がる。 これは……もしかして? いいのかな? しちゃっていいのかな? いいもなにも、ほかに考えられる可能性はなかった。蛾が蝋燭の火に誘われるかのように、才人はタバサの両肩に手を置き、腰をかがめてその端正な顔に唇を寄せた。 顔を寄せると、甘い匂いがした。才人はたまらず、そのままタバサの唇に唇を押し付けた。 いつの間にか、こういう流れに慣れてしまった才人である。 タバサの唇はやわらかく、しっとり冷たかった。 唇を離すと、思ったよりも長いタバサの睫毛が震えてるのが見えた。両手は胸元でぎゅっと握りしめられている。 ああ、緊張してたんだな、と思うほど、いつの間にか才人には余裕があった。とんだスキル獲得である。 「キス、初めて?」 「……初めて」 タバサは目を開きながら、かすれた声で短く答える。 才人は彼女の頬にかかった青い髪を梳きながら、ふと思ったことを口にした。 「でも、シルフィードとは?」 使い魔として召喚した時に、コントラクト・サーヴァントの儀式でキスしたはずである。 しかしタバサはついと目を逸らし、やや頬を染めながら、 「あれはノーカン」 と呟くように言った。 無愛想な子供だと思っていたタバサの、そんな女の子らしい発言に才人は脳幹を撃たれた。 洒落ではない。直撃である。思ってもみなかった攻撃だけに、一撃必殺であった。 余裕は吹き飛んだ。本能的な愛しさが込みあげてくる。才人はほとんど無意識にタバサの背中に手を回し、ぐっと抱き寄せた。 羽のように軽いタバサが、才人の腕の中に納まる。 ずっと強張っていた肩から力が抜け、タバサは体重を才人に預けた。 あったかくて、やわらかい。 じっと見つめる瞳が月の光を反射して、心なしか潤んで見える。 やばい。なんかずるい。こんな不意打ちひどい。 こんなに可愛いなんて反則だ。よくわからないけど反則だ。 ピピー。レッドカード、退場。俺の胸の中へ退場。次の試合には出られません。 意味不明のことを考えながら、才人は憑かれたようにタバサの肩を抱き、もう一度唇を寄せた。 412 名前:脳内11巻[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00 15 33 ID 5bs6rUMc 一瞬だけタバサの体が強張るが、すぐに力は抜ける。才人に体を預けたまま、タバサはそっと目を閉じた。 二人の息が重なる。 その、瞬間。 ぞくり! と才人の背筋に悪寒が走った。同時にタバサが神速で飛び退く。 数々の修羅場をくぐった二人である。殺気に対しては敏感だ。特に才人は文字通り“数々の修羅場”を経験している。この悪寒には嫌というほど憶えがあった。 はっと振り返るいとまもなく、上空からきゅいきゅいと声がして、目の前を大きな影がよぎった。 「え、シルフィード?」 気付くとその足に、いつの間にかしっかりタバサを捕まえている。風でスカートがめくれてパンツが見えた。シルフィードの背中には、キュルケともう一人の影がある。 そのまま川の上を滑空して遠ざかり、ばさりと羽ばたいて急上昇。シルフィードに掴まれたタバサは困ったような顔で「ごめんなさい」とだけ言い残した。 呆然としたのは一瞬。パンツ見えた、と思ったのも一瞬。才人は“戦場”に一人取り残されたことを悟った。 今なお殺気というか怒気というか、肌を焼くような感覚は続いている。むしろ激しさを増していた。 恐る恐る、才人はその源泉と思しき宿の方向を向く。首が意志に逆らって言うことを聞かなかったが、それでもなんとか首を回す。 はたしてそこには、寝ていたはずの桃色の髪が夜風に舞っていた。 「ル、ルル、ルルル……」 鳥を呼んでいるわけではない。動転して言葉にならないのだ。 月下に佇むルイズは美しかった。 風になびく草色のワンピース。どこか遠くを見るような目で、高貴な微笑すら浮かべながら彼女は才人を見つめた。どことなく、悟りを開いた高僧のような雰囲気すらあった。 右手にはすでに杖を抜いている。唇が震えて見えるのは、なにか呟いているからだった。 「そうなんだそうなのねやっぱり犬は犬なのねわたしのこと好きとか言いながら機会があればほかの女の子押し倒すのねキスするのね尻尾ふるのねわたしよりちっちゃいのにわたしよりちっちゃいのにわたしより」 ぶつぶつと呪詛の言葉を吐きながら、ルイズは一歩、また一歩と近付いてくる。 413 名前:脳内11巻[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00 16 36 ID 5bs6rUMc 小悪魔? 冗談じゃない、あれは悪魔だ。正真正銘。 だって、なんか髪が生き物みたいにうねってるし。 怖い。七万の軍勢より、エルフより怖い。多分エルフが七万いるより怖い。 恐怖の余り、声も出ない。抜けそうになる腰に鞭打って、才人は逃げるために震えの止まらない足を懸命に反対側へ向けた。 振り向くと、そこに鬼がいた。 いつの間に起き出してきたのか、どうやって回り込んだのか、最強のぽっちゃり系ことマリコルヌが、ドットメイジとは思えない迫力で立ちはだかっていた。 「マ、ママママリマリマルマレ……」 「黙れ。息すんな」 言下にマリコルヌは言い放つ。取り付く島もない。 「不公平だろ不公平だよね誰だってそう思うよね教えてよ誰か教えてくれよ幸せってなにさ幸せってどこにあるのさ誰かぼくにも幸せをくれたっていいじゃないかぼくにもご褒美くれよぼくにもご褒美くれよぼくにも」 本当に才人は息ができなくなった。 前を向けば、魔王。 周りの景色が歪むほどの瘴気を纏い、夜の空気を震わせながら、ルイズが迫る。 「体に覚えさせても無駄なら魂に刻むしかないわよねどうすればいいのかしらやっぱり体から魂を追い出すしかないのかしらわたしよりちっちゃいのにわたしよりちっちゃいのにわたしより」 後ろには、修羅。 ゆらり……、と暗殺者のような見事な動きで、マリコルヌは音もなく歩を進める。 「おかしいよね絶対おかしいよねなんでサイトばっかりなのさ今回ぼくがんばったよねすごくすごくがんばったよねぼくにもご褒美くれよぼくにもご褒美くれよぼくにも」 前門のルイズ。後門のマリコルヌ。 才人はひいっ、と叫ぶと背中のデルフリンガーに手をかけた。心はさっきから震えている。別の意味で。 「あー相棒。なんつーかな、ぶっちゃけ無理。俺のことはかまわずその辺の茂みにでもうっちゃってくれ。頼むから。ごめん、巻き込まないで。お願い」 「つ、つつつ冷たいこと言うなー!」 才人は声を裏返して叫ぶ。それが合図であったかのように、 「わたしより胸ちっちゃいのにーッ!」 「ぼくにもご褒美くれよおおおーッ!」 渾身のエクスプロージョンとエア・ハンマーが才人を吹き飛ばした。 閃光と轟音。橋は粉々に砕けて塵と化し、才人は枯葉のようにきりもみながら宙を舞う。 遠ざかる意識の中、才人はふと、“後門のマリコルヌ”って厭な響きだな……、と思った。 414 名前:脳内11巻[sage] 投稿日:2007/05/14(月) 00 17 43 ID 5bs6rUMc さて、上空を舞うシルフィードの背中。 眼下の惨劇を綺麗さっぱり素敵に無視して、キュルケは拾い上げたタバサに明るく声をかけた。 「ただいまー。あれタバサ、眼鏡どうしたの?」 タバサは黙って下を指差す。 「あちゃ、壊れてなきゃいいけど。まあいいわ、はいタバサ。あんたの杖よ」 キュルケが差し出したものは、まさしく失くしたはずのタバサの杖だった。 タバサは目を丸くしてそれを受け取る。 「瓦礫の中に埋まってたのをシルフィードが見つけてくれたのよ。それからこっちが……」 「シャルロットさま……」 キュルケの後ろからひょこりと老人が顔を出す。執事のペルスランであった。 「忘れものの本命。あの屋敷に一人でいたってしょうがないし、タバサが逃げたってバレたら王軍に捕まる可能性もあるしね。間に合ってよかったわ、ほんとに」 得意そうに赤い髪をかきあげて微笑むキュルケ。 感動の再会のはずだったが、ペルスランは眉を寄せ、じっとタバサを見つめた。タバサはつつ、と目を逸らす。 「今のは……、この年寄りめの見間違いでしょうか、お嬢さま?」 「……」 タバサは目を合わせずに黙り込む。 「いけません、いけませんぞお嬢さま。あのような街娘のごとき軽挙妄動、この私が許しません。なにより奥さまが悲しまれます。そもそもあの馬の骨はどういった御仁ですか」 滔々と訓戒を垂れるペルスランに、タバサはちらりとキュルケを盗み見る。キュルケはそんな彼女の様子を、含み笑いをしながら見守っていた。 「いえいえお嬢さまをお助けいただいた恩人であることは重々承知しておりますが、それとこれとは話が別でございます。どこぞ由緒正しい高貴な方なのでございましょうな」 重ねて問われ、タバサは意を決したように視線を向け、はにかんだような笑顔を見せた。 その、かつて見せなかった彼女の表情に、ペルスランは言葉を呑む。 タバサは短く、少し恥ずかしそうな声で言った。 「わたしの勇者」 ペルスランは目をまん丸にして絶句した。キュルケは爆笑して、タバサの肩をぱんぱんと叩く。 シルフィードが嬉しそうに、きゅいきゅいっと鳴いた。
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■ 第一章 ├ サブ・ゼロの使い魔-1 ├ サブ・ゼロの使い魔-2 ├ サブ・ゼロの使い魔-3 ├ サブ・ゼロの使い魔-4 ├ サブ・ゼロの使い魔-5 ├ サブ・ゼロの使い魔-6 ├ サブ・ゼロの使い魔-7 ├ サブ・ゼロの使い魔-8 ├ サブ・ゼロの使い魔-9 ├ サブ・ゼロの使い魔-10 ├ サブ・ゼロの使い魔-11 ├ サブ・ゼロの使い魔-12 ├ サブ・ゼロの使い魔-13 ├ サブ・ゼロの使い魔-14 ├ サブ・ゼロの使い魔-15 ├ サブ・ゼロの使い魔-16 ├ サブ・ゼロの使い魔-17 ├ サブ・ゼロの使い魔-18 ├ サブ・ゼロの使い魔-19 ├ サブ・ゼロの使い魔-20 ├ サブ・ゼロの使い魔-21 ├ サブ・ゼロの使い魔-22 └ サブ・ゼロの使い魔-23 ■ 第二章 傅く者と裏切る者 ├ サブ・ゼロの使い魔-24 ├ サブ・ゼロの使い魔-25 ├ サブ・ゼロの使い魔-26 ├ サブ・ゼロの使い魔-27 ├ サブ・ゼロの使い魔-28 ├ サブ・ゼロの使い魔-29 ├ サブ・ゼロの使い魔-30 ├ サブ・ゼロの使い魔-31 ├ サブ・ゼロの使い魔-32 ├ サブ・ゼロの使い魔-33 ├ サブ・ゼロの使い魔-34 ├ サブ・ゼロの使い魔-35 ├ サブ・ゼロの使い魔-36 ├ サブ・ゼロの使い魔-37 ├ サブ・ゼロの使い魔-38 ├ サブ・ゼロの使い魔-39 ├ サブ・ゼロの使い魔-40 ├ サブ・ゼロの使い魔-41 ├ サブ・ゼロの使い魔-42 └ サブ・ゼロの使い魔-43 ■ 間章 貴族、平民、そして使い魔 ├ サブ・ゼロの使い魔-44 ├ サブ・ゼロの使い魔-45 ├ サブ・ゼロの使い魔-46 └ サブ・ゼロの使い魔-47 ■ 第三章 その先にあるもの ├ サブ・ゼロの使い魔-48 ├ サブ・ゼロの使い魔-49 ├ サブ・ゼロの使い魔-50 └ サブ・ゼロの使い魔-51
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前ページ次ページゴーストステップ・ゼロ “女神の杵”亭の中庭で行われたヒューとワルドの手合せは、ワルドの勝利という形で終結した。 「ちょっと、ヒュー!大丈夫なの?」 ヒューが飛ばされた[実際には飛び込んだ]飼い葉の山に、ルイズが慌てて駆け寄る。 するとどうだろう、ルイズがあと数歩の所まで近付いた時、中から飼い葉にまみれたヒューが出てきた。 「やれやれ、えらい目に遭った。」 ゴーストステップ・ゼロ シーン17 “Masquerade” シーンカード:カブトワリ(挫折/作戦失敗。極めて危険な状況の発生。崩壊。根本からの破壊。) 見た所、怪我らしい怪我もない。内心、安堵したルイズだったが、口からは全く正反対の言葉が出てくる。 「何言ってるの、メイジ相手に手合せして怪我一つしてないんだから、運がいい方よ。これに懲りたら、少しは御主人様の言う事を聞く事ね。」 「善処するよ。」 「アンタね…。」 ヒューが身体やコートに付いた飼い葉を叩いて落としながら、ルイズに言葉を返していると、対戦相手のワルドが笑みを浮か べて歩み寄って来た。 「助かったよ、ヒュー君。お蔭で大分勘を取り戻せた、ところで怪我はないかな?十分手加減はしたと思っているんだが。」 「ああ、この通り、ピンピンしてる。流石は魔法衛視隊の隊長を務めているだけのことはある。」 「君も中々のものさ、切り込まれた時は肝が冷えたよ。」 「お世辞として受け取っておこうか。ところでルイズお嬢さん。」 「何?」 「さしあたって今日はする事も無いだろうし、俺は部屋にいる、何かあったら呼びに来てくれ。」 「何、勝手に決めてるのよ」 「とはいってもな、フネは明日にならないと出ない。レコン・キスタの目があるかもしれないから外出も控える、どうしても 宿にいる事になるんだ。なら、部屋か食堂にいるしかないだろう?」 「それはそうだけど…。」 「まぁ、飯時には下りてくるよ。じゃあ子爵、ルイズお嬢さんの相手を押し付けるようで悪いがよろしく頼む。」 「言われるまでも無いさ、ルイズの事は僕に任せて君は十分休養を取るといい。」 「子爵がいればちょっとした外出も問題ないだろうしな、今の内に美味い食事でも摂って来たらいいんじゃないか?」 ルイズの襟を整えながらそう言うと、ヒューは宿の中へと戻っていった。 立ち去るヒューの背中を見ながら、ワルドは目的の完遂に確信を抱いた。何しろ一番の懸念事項だった存在が唯の平民だと 判明したからだ。 確かにあの常軌を逸した体術は脅威だが、所詮は魔法を使えない平民、スクエアの自分に敵うはずもない。第一、手合せでは 切り札は勿論、殺傷力が高い呪文すら封印して勝利したのだ。実戦ならば遠慮する必要もない、次の機会で始末できるだろう。 ワルドはトントン拍子に進んでいく現状に内心、笑いが止まらなかった。 「さて、ヒュー君の提案でもあるし、どうだろうルイズ、昼食は外で摂らないか?」 「ええ、私はいいけど…」 言いよどんだルイズの背中を後押ししたのは、ギーシュだった。 「そうだね、子爵も一緒だし、何より昼食なら問題ないんじゃないかな。」 「ギーシュ?」 「聞けば子爵とは婚約者同士というじゃないか。ならばこの機に少しでも互いの事を知っていく事は、今後の為にもなるん じゃないか?」 確かにギーシュの言葉にも一理ある。何よりヒューやギーシュとは違い、数年越しの間なのだ、相手がどんな人物か見る事も 大事だろう。 「そうね、それじゃあワルド、エスコートしてくださる?」 「喜んで、ミ・レディ。」 「それじゃあ、ギーシュ。私達は食事を摂ったら、もう一度フネの予定を聞いてみるわ。ヒューに聞かれたら、そう言って ちょうだい。」 「ああ、分かったよルイズ。楽しんでくるといい。」 そうした会話が終わり、納得したルイズはワルドと連れ立って食事へと出かけた。 時間は少々進み、舞台はヒューとギーシュが泊まっている部屋に移る。 ヒューは先程、手に入れたワルドの映像と声紋データを<ポケットロン>に移し終わった所だった、傍らには厨房で用意して もらった食事のサンドイッチが置いてある。 さて、これから検証を始めようか等と考えながら、サンドイッチを取ろうと手を伸ばした時、不意に扉が開かれた。 「邪魔するわよ、ヒュー…って何これ。」 盗み聞き防止の為に、扉を覆う様に掛けていたシーツを跳ね除けながらキュルケとタバサが部屋に入ってくる。 「ノック位欲しいものだけどな。何か用か?」 「ちょっと聞きたい事があるのよ。」 「聞きたい事?」 「子爵との手合せ。」 「そう、手を抜いたんじゃないかって、この子が言うのよ。」 キュルケとタバサの目的を聞いたヒューは、とりあえず理由を聞く事にする。 「中々面白い話だな、理由は?」 「三つある、一つは貴方の戦い方。ギーシュと戦った時の技を使っていない。」 「唯の手合せだからな、特に必要ないだろう、子爵も手加減してたしな。」 「そう、特に必要なかった…この手合せ自体が。これが二つ目」 「ギーシュにワルキューレを出してもらえばいいだけだものね。」 「なるほどな、そういう手もあったか。で、最後の三つ目は?」 「女の勘「よ」」 「オーケイ、分かったよ。そこまで言われたら白状するしかないな。」 ヒューは両手を上げて苦笑すると、2人に椅子を勧めて自分はベッドに腰掛ける。 「さて、何を聞きたい?」 「何故、手合せを受けたのか、その理由。」 ある意味、核心を突くタバサの質問のヒューは暫く考えた後、答え始めた。 「実は今朝方教えた情報とは別の情報がある。」 「貴方また隠し事してたの?」 「言えない理由がある…。」 呆れた様にキュルケが声を上げる隣で、タバサがその理由を推察する。 ヒューはタバサに頷いて見せると、次いで口に指を当てて扉と窓を指差す。 その仕草を理解したタバサがサイレンスを、キュルケがロックを窓と扉に掛ける。 「これでいいの?ヒュー。」 「ああ、こういう時に魔法は助かるな。」 「いいから話す。」 「さて、先にこいつを見てくれ。」 そう言ってヒューが出したのは、自分の<ポケットロン>だった。ディスプレイには昨晩の白仮面が映っている。 「これは…、何処かの路地裏ね?時間の表示から見ると夜みたいだけど。」 「そう、こいつは昨日の夜、宿に帰る俺を待ち伏せていたメイジだ。」 「!」 「それって!」 「そう、レコン・キスタだろうな。」 「じゃあ、ルイズと子爵が危ないじゃない!」 ヒューから聞いた話にいきり立つキュルケをタバサが抑える。 「何よ、タバサ。あの2人が危ないのよ?」 「だったら先にヒューが止めてる。」 「……何か理由があるの?ヒュー。」 「少し考えて見ると簡単なんだけどな」 「タイミングが早すぎる?」 「タイミング?」 「そう、君らのお蔭で情報の拡散はある程度抑えられたからな。今の所、この件を知っているのは俺達を含めても10人前後 じゃないかと思っている。」 「そうね、私達が把握しているだけで7人だもの。」 「けど、内6人は一緒にいる。」 「さて、ここで問題だ。白仮面は何故、俺を待ち伏せした…いや、できたんだ?」 2人はヒューが言った言葉を理解すると、その意味に唖然となった。 それはそうだろう、アンリエッタ姫が学園でルイズに話す前に誰かに漏らさない限り、このタイミングで待ち受ける事は不可 能といっても間違い無い。そうなると疑惑はただ1人に絞られる。 「まさか、あのワルド子爵が…」 「けど、彼以外漏らす人間がいない。」 【かなり低い確率で物取りの可能性もあるけどな】 「そこで、“これ”だ」 と、言いつつヒューは<ポケットロン>を操作する。音量を操作し最大近いレベルに上げた後、動画を再生。 2人の、というよりヒューの一方的な話の後、白仮面がエア=ハンマーを唱えた瞬間、再生を止める。次いで先程の手合せで ワルドがエア=ハンマーを唱える場面を再生。悪戯っぽい笑いを浮かべたヒューは、2人に尋ねる。 「さて、何か気が付いたかい?」 「詠唱速度、声色共に」 「似てるわね」 「そう、似ているだけだ。」 「?」 「どういう事、これが証拠じゃないの?」 「似ているだけなら良く似た他人、という可能性もある。そこで、こうする」 さらに<ポケットロン>を操作し、二つの呪文を同時に再生・声紋を表示する。 「何?この変な模様。」 「こいつは声紋のパターンさ。」 「声紋?」 「声紋を説明する前に一つ話をしようか。音とは何か説明できるかい?」 「音?」 「よく分からないわね、音は音じゃないの?」 訝しげな2人にヒューは、身振り手振りを交えて軽い説明を始める。 「残念ながらそれだけじゃないのさ。音というのは波・振動の事でもある。」 「波や振動?」 「そう、遠くに声を届けるには大声を出すだろう?それは大きな波を空気に与えているという事だ。 小さな声だと小さい波しか生まれない、だから遠くへその声は届かない。」 「水面に波紋を出すのと同じ原理?」 「そう、正にその通り。大きな波紋はより強い波を発生させる。 人は声を出す際、呼気で声帯と呼ばれる器官や人体の様々な場所を振動させて、それぞれ固有の声を出す。 何しろ体全体の問題だからな、いくら声色を真似ようとも誤魔化しが効かないモノの一つだ。」 「なるほどね…。ああ、あのシーツはその為?」 「?」 「よく分かったな。そう、盗聴防止用だよ、焼け石に水程度のものだけどね。」 「で、どうなの?ヒュー。その声紋って…」 「ドンピシャ、一致したよ。」 予想通りの結果が出た事にヒューは何の感慨も受けていないようだった。 【で、相棒。これからどうするんだ?】 「暫く泳いでもらうさ。」 「どうしてよ、すぐに捕まえれば楽じゃない。というよりルイズは大丈夫なの?」 「なるべく被害が出ないようにしたいんだよ、一応スクエアだから何が出てくるか分かったものじゃない。 やるとすると、俺達が手紙を取り戻した後だな。少なくともそれまではルイズお嬢さんが必要だし、その方がヤツにとって も都合がいいはずだ。 ところでお2人さん、それとデルフ。」 「何?」「何かしら。」【何だい、相棒】 「風の魔法で注意しときたい魔法ってあるか?」 【そりゃあ、アレじゃねえか?】 「偏在」 「ああ、確かにね。あれは厄介だわ。」 「それは、どんな魔法なんだ?」 ヒュー以外の2人と1本が口を揃えて言う、“偏在”なる魔法に興味を引かれて聞いてみる。 【風が何処にでもある事を象徴する魔法でな、魔法で自分と同じ存在を作り出すのさ。】 「しかも、その存在は自己判断可能な上、魔法も使う。」 「距離とか関係無しに出てくるしね、おかげでミスタ・ギトーの煩い事といったら…。」 練金に続く魔法の不条理をヒューはまた一つ知った。 頭を抱えているヒューの肩を叩いて励ましたキュルケが、疑問を口にした。 「ところでヒューって、いつ位から子爵が怪しいって思ってたわけ?」 「そうだな、いつ位かというと…襲われた時かな、この映像を見てくれ。今朝の子爵と昨日の夜の白仮面だ…何か気付いた事は?」 「杖?」 「そういえば確かに似ているわね。」 【加えてご丁寧に顔まで隠しているしな、関係者だって白状しているようなものさ。】 「一応、それでも魔法衛視隊の誰かという可能性も考えていたんだが。まさか本人とは…いや、もしかしたらこれこそ偏在な のかもしれないな。」 「可能性はある。」 「そうね、この時間帯なら私達まだ起きてただろうし、偏在と考えた方がいいでしょうね。」 「全く、面倒な話だ。」 「ところで、この事を他の2人に言わなくてもいいわけ?」 「止めた方がいい。」 【だな】 「あら、どうしてよ。戦力は多い方がいいじゃない?」 【無理だって、あの2人に腹芸…隠し事ができると思うかい?】 「……無理ね。」 「態度でばれる。」 「という事でね、いいタイミングを見計らって何とかする他ないのさ。」 「なるほどね、分かったわ。何かあったら私達も手を貸してあげる。」 そう言うと、2人は窓と扉に掛かっていた魔法を解除した後、自分達の部屋へと戻っていった。 その後、ルイズとワルドが宿に戻り、ヒューを除いた全員が夕食を摂り終えた頃だろうか。 食後の弛んだ空気は宿の軒先から響いてきた怒号によって、いささか強引に終わりを告げた。 「いたぞ!この宿だ!」 着込んでいる鎧や、手に持つ様々な武器から見て傭兵の類だろうか。平時であれば、躊躇なく盗賊に鞍替えしそうな雰囲気の 連中だ。 その一団はルイズ達を見つけると、警告も何もせず飛び道具を射掛けて来る。 襲われた方はテーブルの下に急ぎ避難すると、床に固定されているテーブルの足を練金で崩して、即席のバリケードにする。 「何なのあいつら!」 「恐らく、レコン・キスタに雇われた連中だろう。」 「でしょうね、こちらの戦力が多いから削りに来たのかしら?」 「そう考えるのが妥当。」 「し、しかし、どうするんだね。連中、玄関から射掛けてくるだけで此方に攻め込んで来ないが…。」 ギーシュがそんな疑問を口にした瞬間、ここにいなかった男の声が突如響いてきた。 「トリック・オア・トリート。 どうしたんだい、いきなりエキサイティングなシーンじゃないか。」 「ヒュー!アンタ何してたのよ。」 「メシを食いに下りようかと思ったら、いきなり騒動が始まってたからな。ほら、全員分の荷物だ。 で、どういう状況なんだい?」 「どういうも何も無いわ、連中いきなり襲ってきたのよ。」 「反撃は?」 「魔法の有効射程外」 「恐らく、連中の中に対メイジ戦の経験がある人物がいるんだろうな。」 「可能性はある、もしかしたら雇ったヤツの指示かもしれないが…。」 ワルドの予想をヒューが補足する。そんな2人にルイズが焦れたように話しかける。 「で、どうするの?」 「どうするもな、これじゃあ千日手だよ。此方は攻め込めない、向うも決定力不足。しばらく待ってれば矢が尽きて撤退する だろう……そうか、連中は足止めが目的だ。」 「どういう事?」 「なるほど、僕にも分かったよヒュー君。ルイズ、レコン・キスタの目的はフネだ、連中はフネを飛ばせない様にするのが 目的なんだよ。」 「何ですって!」 「確かに、時間を稼げばこの任務の意味は失われる。」 「じゃあ、のんびりなんてしてられないわね。」 「大変じゃないか!そうなると何が何でも連中を退けないと。」 レコン・キスタの目的を知ったタバサ以外の学生はいきり立った、そんな彼等にワルドが語り始める。 「良いかな、諸君。このような任務では半数でも目的の場所へ辿り着ければ、成功とされる。そこで囮組とアルビオン組に分 けようと思うのだが。」 「ただでさえ少ない戦力を分ける必要は無いだろう。」 「ほう、ヒュー君にはこの状況を打開する秘策でもあるのかな?」 自分が提案した作戦を真っ向から否定した平民に、ワルドは不快感を押し隠して質問を返す。 返されたヒューは、自分の荷物から緑色の筒のような物を取り出す。ギーシュやワルドは知らなかったが、ルイズ達は、それ が<破壊の杖>と呼ばれている物と、どこか似通った雰囲気を感じていた。 「策じゃなくて道具だけどな。タバサ、俺がこいつを投げたら、風で玄関の外まで飛ばしてもらえるか?」 「分かった。」 「いいか、こいつを投げたら目と耳をしっかり塞ぐ事。しなかったらえらい目に合うからな。」 ヒューの真剣な表情にルイズ達はただ頷き、早々と目と耳を塞いでいた。 「タバサ、準備は?」 「いつでも」 タバサの返事を聞いたヒューは、筒の上部に付いていたピンを引き抜くと、襲撃者達に向かって放り投げた。次いでタバサが 風で玄関口に放り込む。 ヒューとタバサはバリケードの内側に伏せて目と耳を塞ぐ。 次の瞬間。ルイズ達の耳に甲高い轟音が響き、目蓋の裏側には閃光が瞬いた。 「い、一体何が…」 「う~、まだ耳がキンキンするよ。」 塞ぎ方が甘かったのか、ワルドとギーシュがふらふらとする頭で周りを見回すと。先程までの喧騒が嘘の様に静まり返っていた。 そんな2人にヒューが笑いを含んだ声で話しかけてくる。 「ギーシュ、子爵。大丈夫か?」 「ああ、何とかね。」 「ヒュー、今のは一体。」 「話は後だ、今は桟橋に行こう。多分そっちにはメイジもいるはずだ。」 ヒューに促されて立ち上がったワルドが見たのは。宿の外で、呻きながら倒れ伏す傭兵達だった。 恐らく、さっきの閃光と轟音が彼等に何らかのダメージを与えたのだろう。 宿を出たルイズ達はワルドの先導で桟橋へ向かっていた、殿はヒューが勤めている。 しっかりとした造りの建造物があればシルフィードやグリフォンを呼んだのだが、生憎とそこまで建築技術が発達していな かったので、全員が足を動かす事になった。 暫くラ・ロシエールの街を進むと、そこには巨大な樹木が聳え立っていた。 流石にニューロエイジに存在する、超高層ビルやアーコロジー、軌道エレベーターには及ばないが、自然にできた物として見 ると、なるほどこれは驚愕に値する光景だ。 見ると、樹木には木の実の様に船舶が吊り下げられている。恐らくあれが空を行くフネというものだろう。 吊り下げている枝毎に、樹を巻く様に階段が取り付けられている。 「ちょっとまて、あれを上るのか?」 「何言ってるの、上らないとフネに乗れないでしょう。」 「もしや、ヒュー君は高い所が苦手なのかな。」 「いや、流石にそんな事は無いんだが。待ち伏せの可能性がある以上、ここは危険だろう。」 「だけど、登らないわけにはいかないよヒュー。」 「いや、別に馬鹿正直に階段を登る必要はないだろう。子爵がグリフォンをタバサがシルフィードを呼んで、直接乗り付け ればいいじゃないか。」 「た、確かにそうだが。」 「周囲を見た所そういった幻獣はいないようだし、待ち伏せされていてもフネに潜伏していない以上、問題は無いだろう。」 「じゃあ、タバサお願いね。」 ヒューの真っ当な意見にワルドは反論を封じられた上、いち早くキュルケがタバサに頼んでしまった為、ワルドもグリフォン を呼ばざるを得なくなった。 シルフィードとグリフォンが到着するまでの間、ルイズ達はヒューに先程の道具について質問をしていた。 「ところで、さっきの道具って何だったの?」 「そうそう、まだ耳鳴りがするよ。」 「ギーシュ、忠告はしたはずだぞ。あれは<スパイスガール>っていう俺の故郷の道具だ。効果はさっき経験した通り、強烈 な閃光と轟音で効果範囲の対象に対してダメージを与える非殺傷兵器さ。」 「たかが光と音であんな惨状になるのかい?」 「光や音は馬鹿にしたもんじゃないぞ、俺の故郷では武器だってある。光や音は人を殺せるんだ。」 ヒューの言葉に興味を引かれたのか、ワルドが会話に入ってくる。 「ほう、例えばどういった原理で人を殺すのかな?差し障りがなければ教えて欲しいな。」 「レンズで光を集て火をつけるのと原理は同じさ、詳しい事は専門家じゃないから、聞かれても説明は難しいな。 来たみたいだな。」 「ああ、そのようだ。」 【あぶねぇ!避けろ相棒!】 「がぁっ!」 全員がシルフィードとグリフォンを確認した刹那、デルフの警告に無意識に従ったヒューの左肩を風の刃が切り裂いて行く。 ヒューの肩から血が噴水の様に迸る、反射的に傷口を押さえてエア=カッターが飛んできた方向を見ると、其処には白仮面を 被った偏在ワルドが杖を構えて立っていた。 「やれやれ、こんな所までおでましとは。少しばかり超過労働じゃないのか?ミスタ・クラウン。」 「ヒュー!」 「危ない!下がっているんだルイズ!」 「ワルド!でもヒューが」 「分かっている、どちらにしろあのメイジがいなくなるまで幻獣に乗れない。お嬢さん方、それにギーシュ君。ルイズと幻獣 を守ってくれ。」 「任せておいて」 「承知」 「わ、分かりました!」 学生達に指示を出したワルドは、ヒューの横に出る。 「やれそうかね?」 「何とかね、利き腕じゃなくて助かったよ。利き腕だったらワインを飲むにも一苦労するところだ。」 「減らず口をそれだけ言えれば上等だろう。ではいこうか」 ワルドの言葉と共に、2人は弾ける様に左右に分かれる。直後、白仮面が放ったエア=ハンマーが、先程まで2人がいた空間 に炸裂する。 左に飛んだワルドが、移動しながら生成したエア=ニードルで刺突を繰り出す。 その動き、呪文詠唱。共に“閃光”の2つ名に相応しい鋭さ、速度、苛烈さを持っていた。 ワルドが突き出したエア=ニードルは白仮面の胸を深々と抉り取る、そうして次の呪文を矢継ぎ早に唱える。 その射線上にはヒューがおり、さらにその向うには断崖があったが、その呪文は止まらなかった。 右に飛んだヒューは、デルフリンガーを右手一本で抜き放ち、白仮面に斬り付けていた。 その時、ヒューには笑みを浮かべたワルドが白仮面の胸を抉りながら、次の呪文を詠唱しているのが見え・聞こえた。 昨日の夜から都合2回、直に聞いた間違えるはずが無い呪文、エア=ハンマーの呪文。 後は断崖絶壁。なるほど、用済みの偏在を消すと同時に俺を始末する気か、と確信する。 (けど、まぁ残念ながらこれ位、N◎VAじゃあ日常茶飯事さ!) ヒューの意識が加速する、意思の力は時として肉体の枷を取り外し、人に奇跡を約束する。 視界はモノクロームに置き換わり、世界は限りなく静止していく。 仮初の静止した世界の中、ヒューだけが自由だった。そう、この瞬間、ヒューは己ができる事なら何でも出来る、ワルドの首 を落とす事さえ…。 しかし、今はまだ無理だ。そう、≪このワルドが本体だという確証が無い限り≫、目の前の道化師[クラウン]を消した所で、 次の道化師が出てくるだけだ。毒蛇は頭を潰すに限る、だからこそ今は泳がせる。 ヒューはワルドの背後に着地して、一つ息を吐く。 ヒューの意識がゆっくりと元の早さに戻り、オンボロの肉体に再び枷が嵌められる。 視界はモノクロームから色鮮やかな世界に、世界は時を取り戻していく。 ワルドの呪文が完成する、エア=ハンマーが己の偏在を目障りな平民ごと断崖の向うに打ち落とす。 これで、自分の計画を阻む要素が一つ減った、ルイズ再び孤独になり自分を頼る事になるだろう。 全くもって笑いが止まらなかった。ああ、ルイズ達に背を向けていて良かった、もしこの笑いを見られていたら面倒だったろう。 「トリック・オア・トリート。 お見事だな、子爵。流石は魔法衛視隊の隊長サマ、全くもって見事な手際だったよ。」 瞬間、ワルドの身体は動きを止め、心は凍りついた。 何故だ、何故、背後からあの男の声が聞こえる!偏在と共に断崖から落としたはず…、こいつも偏在を使えるのか? いや、あいつは杖を持っていなかった!無事な方の手には剣を持っていたじゃないか! ワルドはヒューが何なのか、さっぱり分からなかった。妙な知識と道具を持っている、頭が回るだけの唯の平民だと思っていた。 しかし、“それ”は己が必殺を期して放った攻撃を避けきったどころか、気配も感じさせずにすぐ傍にまで近寄っていたのだ。 一体、己の婚約者は何を呼び出したのだ?虚無の使い魔というのは、須らくこの様な化け物だというのか。 ワルドの胸中には、この旅に出る前の高揚など、最早一片たりとも残ってはいなかった。 今、彼の心を占めるのは、得体のしれない使い魔に対する恐怖と、これから先の旅に対する不安だけだった。 襲撃者の追撃を辛くもかわしたルイズ達は、当初の予定を半日ほど繰り上げてラ・ロシエールを発ち、天空の国へと旅立つのだった。 前ページ次ページゴーストステップ・ゼロ
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前ページ次ページゼロの魔王伝 ゼロの魔王伝――19 ルイズは自分のベッドの上で夢を見ていた。トリステイン魔法学院から馬で三日の距離にある生まれ故郷のヴァリエールの領地にある屋敷が舞台であった。夢を夢と気付かぬ夢の中のルイズは、六歳程度の幼さに変わっていた。 中庭を駆けまわり迷路のように入り組んだ植え込みの陰に隠れて追手をやり過ごす。自分の名を呼ぶ母親の声が聞こえた。 物覚えが悪いと叱られ、その途中でルイズは逃げだしたのだった。 この頃はまだ両親や家庭教師達も、ルイズが普通の魔法が使えないのが、ルイズの努力が足りないからだと諦めてはいなかった。それが何をしても無駄なのかと、章目に変わるのにはもうしばらく時間と失敗と叱責が必要だった。 隠れた植え込みの下から誰かの靴が見えた。二人分。屋敷で働いている下男のものだった。 「ルイズお嬢様は難儀だねえ」 「まったく。上の二人のお嬢様はあんなに魔法がおできになるっていうのに……」 それは魔法学院に行くまでルイズが聞き続ける事になる失望と嘲りの言葉。十年以上にわたってこれからルイズの心に傷を着け、胸に芽吹いた劣等感を育てて行く負の言葉。 悔しさと悲しさで思わず涙がこぼれそうになったルイズは、下男の二人ががさごそと植え込みを調べ始めたのに気づき、見つかる前に静かに逃げだした。 ルイズは植え込みの陰から逃げ出して中庭に在る池にもやわれた一艘の小舟の中にいた。あらかじめ用意しておいた毛布に包まり、空飛ぶ小鳥も心配してその肩に止まるような、悲しい嗚咽が、毛布の中から漏れ出していた。 今はもう誰も見向きもしなくなった舟遊び用の小舟は、まるで自分の様だと幼い心にも思えて、ルイズは一層悲しみを深くした。 今はまだ自分に期待し、叱責を投げかける両親や姉や教師達が、いつか自分を見はなしてしまうのが怖い。 もう何をしてもルイズは駄目なのだと、ヴァリエール家に間違って生まれてきてしまったのだと、見捨てられるとしか考えられず、ルイズはいつかやってくる絶望の影に怯えて泣いていた。 ルイズがそんな風にして悲しみを紛らわしていると、中庭の島に掛かる霧の中から、十代半ば頃と思しい見目麗しい若い貴族が姿を見せた。 その姿に、幼いルイズは悲しみを忘れて胸を高鳴らせた。 「泣いているのかい? ルイズ」 とても優しい声だった。ルイズが大好きな二番目の姉と同じように自分を呼んでくれる彼の事が、ルイズは好きだった。 子爵だ。最近近所の領地を相続した若い貴族。晩餐会を良く共にし、父と子爵の父との間で交わされた約束を思い出し、ルイズはほんのりと、お人形さんみたいなふっくらほっぺを赤く染めた。 「子爵さま、いらしていたの?」 どこか拙いルイズの言葉に、つば広の帽子の下で若き貴族はにっこりとほほ笑んだ。男らしさと気品とが程良くブレンドされた笑顔だった。ルイズの胸の熱さが増した。 「今日は君のお父上に呼ばれたのさ。あのお話の事でね」 「まあ! いけない人ですわ。子爵さまは……」 「ルイズ。ぼくのちいさなルイズ。君はぼくの事が嫌いかい?」 「いえ、そんなことありませんわ。でも……。わたし、まだ小さいし。よくわかりませんわ」 十年たっても小さいままなのだが、そんな事を知る筈もない夢の中のルイズははにかみながら言った。子爵はそんなルイズの様子に暖かな笑みを無償で与えている。子爵から差しのべられた手を、ルイズははっと見た。 「子爵さま……」 「ミ・レィディ。手を貸してあげよう。ほら、捕まって。もうじき晩餐会が始まるよ」 「でも……」 「また怒られたんだね? 安心しなさい。ぼくからお父上に取りなしてあげよう」 岸辺から小船と向けて伸ばされた手。憧れた人の手。大きな手。それを掴もうと伸ばしたルイズの手が握り締めたのは、しかし子爵の手ではなかった。掴んだ手がまるで夢の結晶の様に見えるのは、この世のものとは思えぬ美しさゆえだ。 いつのまにか十六歳の姿に戻ったルイズは、小船から岸辺へと自分を導いた手の主を、茫然と見上げて、名前を呼んだ。 「D……」 「君の夢の中か」 「え? あなた、本当にDなの?」 「そのつもりだ。使い魔とのつながりという奴で引き込まれたのかもしれん」 「そう、なのかしら」 口ぶりからして本当にDらしい。握りしめた手はいつの間にか離されていた。その事に気づかぬまま、ルイズは夢の中のDの言葉に、これが夢である事を悟る。Dが周囲を見回した。 「ここは?」 「えっと、生まれ故郷のヴァリエールのお屋敷の中庭」 「さっきまで随分と小さかったが、昔の事を夢見ていたのか?」 と、今も夢の中だというのに、夢を見ていたのかと聞くDがどこかおかしくて、ルイズは母の怒りも子爵への憧れも忘れて、くすりと小さく笑った。 「よく失敗していた頃の事をね。そのうちあんまりにも出来が悪すぎるものだから呆れられてしまったけれど。それにしても、夢の中まで貴方と一緒なんて、なんだかすごいわね」 「そうか。そろそろ時間の様だな」 「あ、もう行っちゃうの?」 「君が目を覚ませばおれは近くにいる」 「それもそっか。夢も現実もあんまり変わらないわね」 苦笑するルイズの目の前で、Dの姿が霧に紛れる様にして消えてゆく。その姿に、ルイズは一時の別れを感じながら小さく手を振った。 「D、またね」 無垢なその仕草に、Dはかすかに目を細めた様だった。笑い返そうとしたのかもしれない。そうして、夢は終わりを告げたのだった。 Dの姿が消えるのを見届けてから、ルイズはもう一度十年前の光景を見回した。今もヴァリエールの領地に戻れば同じ光景が見られるだろう。 「相変わらず魔法は失敗ばかりだけれど、私はもう十年前の私ではないわ。きっと、もう小舟でうずくまって泣いたりしないもの」 光景は変わらずともその光景を見る心は変わり、ルイズは流れた時と共に変わった己の心を誇るような、それでいてどこか寂しげに呟いた。 そういえばもう随分と会っていない子爵さまは、今は何をしているのだろうか。風の便りに魔法衛士隊に入隊したとは聞いているが、ルイズの中の子爵は十六歳の若々しい少年のままだった。 今ではもう、きっとあの約束も忘れている事だろう。 「まあ、私もこの夢を見るまで忘れていたんだけど」 少し後ろめたそうに呟いてからルイズは岸辺に腰をおろして、膝に顔を埋めた。夢の中で眠り、夢を見たらどうなるのかと思いながら、重たくなってきた瞼をゆっくりと閉ざした。 眼がさめればまたDと会い、夢の中でさらに夢を見るならば、それはそれで楽しいだろう。なんともはや、心躍る二つの選択肢であった。 「でも夢の中でまでDと顔を突き合わせていたら、ちょっと疲れちゃうわよね」 ルイズは苦笑しながら、すう、と息を吸って夢の中で眠りに着いた。 結局夢の中での眠りで、夢は見なかった。あるいは今こうして目を覚ましている事が夢の中の夢であるかもしれない。 むっくりと朝日を浴びながら上半身を起こしたルイズが、まだうとうととしている瞼を擦っている。目を覚ましたと思っている日常こそが夢であるという考えを、寝ぼけ頭のルイズは否定できなかった。 なにしろ夢の中にしか見られないような同居人が居るからである。 「一夢ぶりだな」 「あ~~。やっぱりあれ、Dだったんだ」 淡々と数字でも読み上げる様にして呟くDに、ルイズはやっぱりと答えた。心臓を射抜かれるような美貌への衝撃を、奥歯を噛んで噛み殺し、ルイズは零れ落ちそうになった欠伸を堪えた。 相手がDでなくとも、殿方の目の前で貴族の子女がするにはあまりにもはしたない。ルイズはんん、とかすかに伸びをして眼を覚ます事にした。 「気持ちのいい朝ね」 Dは答えず部屋を出た。ちぇ、そうだなの一言も言えないのかしら、とルイズはまったく、あの男は、とまるで甲斐性なし夫を呆れた目で見る妻の様な感想を胸に抱くのだった。なかなかどうして、ルイズもいろいろな意味で大人物であった。 ルイズが授業に出ている間、大抵Dは隣に腰かけるか壁際に背を預けるか、はたまた廊下で終わるのを待つかのどれかである。とりあえずルイズの傍に居るのは間違いない。 今日は廊下で待っている。いかんせん、Dが同席していると授業が遅々として進まない事や、ルイズに殺到する物質化寸前の濃密としか言いようのない怨念めいた嫉妬が、爆発的に増すからだ。 ここ最近のDのルイズへの意外にも優しい態度から、ルイズへ悪意を交えた視線を送る連中を睨んで気を失わせるくらいの事はしてもおかしくはなさそうだったが、無視を決め込んでいる。 あくまでルイズが自分で決着をつけろと決めているのかもしれない。 最近ツルむ事の多いキュルケやギーシュなどは、それとなく心配そうな視線をルイズに向けるが、ルイズは教師からも向けられる羨望の眼差しを、凛と胸を張った姿勢で受け止め、まるで意に介する風もなく授業に身を入れている。 ちょっとキュルケが感心するほど堂々とした姿であった。周囲の生徒達が生の感情をむき出しにして歯を剥いているから、余計にその堂々とした姿が輝いて見える。 本日Dは、廊下で待機する事を選んだ。授業は進み、風のメイジであるギトーが教室の扉を開いて入室した。廊下に居るDは、どのようにしてか教師達と鉢合わせする事はないようで、誰も頬を染めている様子はなかった。 細かい事に気の利く使い魔であった。 ギトーはフーケの宝物庫襲撃事件の折に、当直当番をさぼっていたシュヴルーズを責め立てた教師である。 長く伸びた黒髪と陰鬱な雰囲気を滲ませている痩身が傍目に不気味で、生徒達からは人気が無い。 やや自己顕示欲の強い傾向にあり、授業に私情を持ちこむ事も多い。反面、そうしてしまうのも無理はない程度に優秀で、学院に籍を置く風系統のメイジとしては一、二を争う技量の主だ。 しん、と静まり返った教室を見回し、教壇に立ったギトーが口を開く。冷たい風が口から吹きつけてきそうな男だ。 「では授業を始める。知っての通り、私の二つ名は『疾風』。疾風のギトーだ」 最初の授業で自己紹介をするのは至極まっとうな事だろう。口を閉じて聞き入っている生徒達の様子に満足したギトーが言葉を続けた。 「最強の系統は知っているか? ミス・ツェルプストー」 「『虚無』の系統ではないのですか? 六千年を超えるハルケギニアの歴史の中で、偉大なる始祖ブリミルただ一人のみが行使した伝説」 「伝説の話をしているのではないよ。私は現実の話をしているのだ。答えは現実的にしたまえ」 こちらの言葉のあげ足を取るのが癖なのか、いちいちひっかかる物言いをするギトーに対して、キュルケはかちんときたらしい。 ぴく、とその目が一度だけ小さくひくついたのを、タバサとルイズだけが気付いた。ちょっぴり頭に熱が昇っている。 「『火』に決まっていますわ。ええ、なにしろ私は全てを燃やし尽すツェルプストーの女。そういう答えがご希望なのでしょう? ミスタ・ギトー?」 ほほう、とギトーは不敵に笑うキュルケを見返して芝居めいた呟きを洩らした。キュルケが滲ませる闘志の炎をさも面白げに見ている。思い通りの反応をしてくれてありがとう、と言いたい気分なのかもしれない。 「なぜそう思うのかね?」 「すべてを燃やし尽し、灰さえ残さぬのは『火』の系統のみが可能とする所。炎と情熱。そうではありませんこと?」 「残念ながらそうではない」 頭の中で何度も思い描いていたかのように、ギトーはわざとらしく左右に首を振った。腰に差した杖を抜き放ち、その先をキュルケに向けた。ほぼ同時にキュルケの手も自分の杖に伸びていた。 メイジの存在理由たる魔法を行使する杖の先を向けられる以上、そうおうに警戒するだけの意識がキュルケにはあった。D辺りだったらデルフリンガーの切っ先を喉に付きつけているだろうか。 「試しに、この私に君の得意な『火』の魔法をぶつけてみたまえ」 キュルケはぎょっとするよりも、ああやはりと、この教師は自分をダシにして自分の持論を生徒達に見せつけたいのだと悟り、ゴウ、とルイズとは別格の胸の中で怒りの火に薪をくべた。 このフォン・ツェルプストーを、敵も味方も燃やし尽すと恐れられるこのツェルプストーをナメている。それはこの赤毛の少女の闘志を敵意に変えるのには十分な侮辱であった。 見惚れるほど妖しい笑みを浮かべてキュルケが胸の谷間にそっと杖の先端を押し込んだ。呆れるほど深い谷間に埋もれる杖の先端を、大多数の男子生徒の目が追う。キュルケは自分の体と行為が生む視覚的効果を、実によく知っていた。 「まあ、まあ、まあ、トリステインの殿方は本当に勇敢です事。ミスタ・ギトー、フォン・ツェルプストーの火を浴びれば火傷では済まなくってよ?」 「かまわん。本気で来たまえ。その、有名なツェルプストーの赤毛が飾りではないのならね」 キュルケがにっこりと笑みを浮かべた。性の虜にすべく枕元に忍び入ったインキュバスが逆に見入られそうなほど美しく、そして焼き尽くされそうなほど、笑みの仮面の下に滾る炎は苛烈だ。 キュルケがちらっとタバサを見た。 キュルケの視線を受けてタバサがこくりと頷く。まさしく以心伝心の二人であった。 『燃やしちゃっていい?』 『問題なし』 にこ、とキュルケが明るい笑みをタバサに向けてウィンクした。タバサが親指を立てて返事をした。 『巻き添えが出ないように、風でガードしておいてね』 『任せて』 キュルケが余裕をたっぷりと湛えた様子で胸の谷間に押し込んでいた杖の先端をくるくると回した。まるでキュルケの方こそがギトーへ教育する側の様。 タバサだけが知っているが、キュルケは怒れば怒るほど声は冷静に、態度は余裕を奏でる様になる。今は、かなりキテいる。 くるくるとキュルケの杖は回る。キュルケの口元から小馬鹿にした笑みが消えていた。すでにギトーを敵とみなしたに等しい。 ギトーの口元から余裕が消えていた。キュルケの豊満な肢体から立ち上る魔法の気配に、目の前の少女がちと生意気な猫ではない事を悟ったのだ。 招くように右手を差し出し、掌を天井に向けて開いたその先に、ぽっと火の玉が生じた。くるくると杖が回る度に火の玉は大きさを増し、渦を巻きながら直径一メイルほどの火球へと巨大化する。 たっぷり十秒を賭けて火球を巨大化したのは、生徒達が机の下に隠れるのと、ギトーの詠唱が終わるのを待つ為だ。呪文の詠唱が終わっていなかったという言い訳を聞くつもりはキュルケにはなかった。 堂々と真正面から、実力を出し切らせた上で叩き潰す。でなくばギトーも納得すまい。キュルケが口を開いた。ざわ、と逆巻いた赤毛が炎そのものと化したかのように赤みを増す。 キュルケの唇は血を塗りたくったかのように赤く輝いた。ギトーがいささかキュルケの実力を下に見積もっていた事に気づき、油断を捨て去った。 「ミスタ、なにか言い遺される事はありますかしら? わたくし、杖を滑らせて消し炭を一つこしらえてしまいそうですの」 「ふむ。時に味方も燃やし尽すツェルプストーらしい。教師を消し炭にするか。面白い、やってみたまえ」 「そうですか」 ふっと、キュルケが息を吐くのに合わせ渦を巻く火球が一直線にギトーめがけて走る。火球は陽炎を纏いながら火の粉をまき散らし、教室の中を赤々と照らしながらギトーに襲いかかった。 一度燃え移れば肉を炭に変え、骨を灰に変える。ギトーの言葉通りキュルケの全力と言ってよい一撃である。ギトーが握っていた杖を鞘走らせた剣の如く横に薙ぎ払う。 ギトーの二つ名の如く素早く、そして荒々しい烈風が吹き荒れて無色の障壁は火の球をいとも容易く吹き飛ばす。舞散る火の粉がギトーの体を鮮やかな橙色に照らした。しんしんと降りしきる雪の様。 吹き飛ばされた火の玉の先にキュルケがさらに杖を振ろうとする動作に気づき、ギトーの目が険しい色を帯びた。単なる火球の一撃に留まらぬ二段構えの攻撃。 キュルケの二撃目に備えて振るった杖を翻し、今一度烈風を吹き荒らすべく魔力を練るギトー。 振り下ろされる杖の数だけ新たな破壊を生む二人は、しかし、突如教室の扉を開けて入室してきたコルベールによって阻まれた。 「ミスタ?」 ぎら、と光る瞳でギトーがコルベールを睨んだ。爬虫類を思わせるどこか冷たい光であった。 「あやや、失礼しますぞ、ミスタ・ギトー」 「授業中ですぞ?」 ギトーのみならずキュルケまで自分を睨みつけ、しかも何やら殺気だっている様子に、コルベールはぎょっと眼を見開いたが、それでもうおっほんと咳払いをした。 普段は良く言えば温厚、悪く言えば弱腰の同僚が、いやに強く出ている事に気づいたギトーは、眉を寄せて杖を収めた。それにどうにも珍妙な格好をしている。 どこもかしこも刺繍とフリルで埋め尽くされた豪奢な正装に、頭にはロールした金髪の鬘までかぶっていた。あまり着飾る事をしないこの同僚がそうするだけの何かが起きたのだろうか? 対峙していたキュルケも、杖を胸の谷間に入れて戦闘の気配を取り去った。ふん、と持て余した微熱のやり場が無く、不満そうに髪をかき上げてどっかと椅子に豊かな尻を下ろした。 「おっほん! 今日の授業はすべて中止ですぞ」 授業を受けるよりも自分達の時間を過ごす事の方が大好きな生徒達から挙がった盛大な歓声を、コルベールは抑える様に両手を動かしながら言葉を続けた。 「えー、皆さんにお知らせですぞ」 教師としての威厳を滲ませようと仰け反った拍子にコルベールの被った鬘が、ばさっという音を立てて教室の床に落ちる。キュルケとギトーの対決で異様な緊張感に凝り固まっていた教室の空気が、それで一気に解けほぐれた。 一番前の席に居たタバサが、無表情のままコルベールの秘めていた輝きを解き放った頭頂部を指さしてこう言った。いっそ見事なほど禿げあがったつるつる頭である。 「滑りやすい」 その言葉が行き渡ると同時に教室は爆笑に包まれる。キュルケが笑いながらそんな親友の肩を叩いた。 「あなた、たまに口を開くと、言うわね」 その爆笑を耳にしながら、廊下で、 「楽しそうじゃな」 「…………」 「お前、じつはあの輪の中に入りたいじゃろ?」 「……」 というやり取りが、廊下の壁に背を預けている壁際のいぶし銀と、その左手の間で行われたのだが、誰も気付く者はいなかった。 突然教室中の笑いものにされたコルベールは怒り心頭禿げあがった頭まで真っ赤にして怒鳴る。まあ無理もない。 「黙りなさい!! ええい! 黙りなさい、こわっぱどもが! 大口を開けて下品に笑うなど貴族にあるまじき行い! 貴族はおかしい時は下を向いてこっそり笑うもの出すぞ! これでは王室に成果を疑われる!」 とりあえずその剣幕に教室は静かになったかと思われたが、そこに静かな笑い声が残っていた。ぎろりとコルベールが瞳を巡らすと、あのギトーがくくくっ、と外見に似合いの笑い声を堪えている。 ぬぬぬ、とあまり迫力の無い調子でこちらを睨むコルベールに気づき、とりすまして失礼、と言ったが時折頬が痙攣するのは笑うのを堪えているからだろう。よほどツボに嵌ったようだ。 「えー、おほん。皆さん、本日はトリステイン魔法学院にとって、良き日であります。始祖ブリミルの降臨際に並ぶめでたい日であります。 恐れ多くも、先の陛下の忘れ形見、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の花、アンリエッタ姫殿下が、本日ゲルマニアご訪問からのお帰りに、この魔法学院に行幸なされます」 教室がざわめく。その言葉で教室中の生徒達とギトーもまた理解して、コルベールの格好の珍妙さに納得した。 「したがって、粗相があってはいけません。急な事ですが、今から全力をあげて、歓迎式典の準備を行います。その為に本日の授業は中止。生徒諸君は正装し、門に整列する事」 自分達の中世と杖を捧げるべき至上の相手の突然の来訪に、生徒達は留学生であるキュルケやタバサを除いて神妙な顔つきになり、先程までのギトー達のやり取りとは別の緊張感に満ちた。 「諸君が立派な貴族に成長した事を、姫殿下にお見せする絶好の機会ですぞ! 御覚えがよろしくなるように、しっかりと杖を磨いておきなさい! よろしいですがな!」 魔法学院の正門をくぐって、王女の一行が現れると整列した生徒達は一斉に杖を掲げてしゃん、と小気味よく杖が鳴る。 精門をくぐった先に在る正門には最高責任者であるオスマンの姿があった。やがて清らかな乙女のみを背に乗せるという、ユニコーンが引く馬車が止まると、召使たちが駆け寄って緋毛氈の絨毯が敷き詰められる。 もっとも尊い血を引く方に地面を歩かせるわけには行かぬ。呼び出しの衛士が緊張した声で王女の登場を告げる。 「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなーーーーりーーーーー!!!」 しかしがちゃりと扉を開いて姿を見せたのは、枢機卿マザリーニであった。まだ四十代だが強張った骨が浮き上がり、彼を十年も二十年も年老いて見せていた。 先王亡き時より一手にトリステイン王国の外交・政策を一手に仕切ってきた激務の代償であった。かつてはロマリアの次期法王と見られていた事もある有能かつ誠実な枢機卿は、貴族に受けが悪い。 生徒達はふん、と鼻を鳴らしてそっぽさえ向いていた。平民の血を引いているという噂は、その平民からも貴族達からもマザリーニを嫌わせていた。 しかし、そんな尻の青い貴族の糞餓鬼共の明から様な態度などマザリーニは意に介した風もない。それから次に降りてきた王女の手を取った。これにはたちまち生徒達が歓声を挙げる。 骨の筋が浮いたマザリーニの手にすら折られてしまいそうな細い指であった。アンリエッタ姫は当年とって十七歳。トリステインでもっとも高貴で優雅な温室で育てられた、瑞々しい白百合の化身の如き美少女であった。 数千年を閲する時の流れが与えた古い血の伝える気品、宮廷画家が才能のすべてと引き換えにしてでも一枚の絵画を残したいと願う様な美貌であった。 水晶の付いた杖を手に、自分を向かい入れた生徒達とオスマンに華のある笑顔を浮かべた。薔薇の様に華やかな、白百合のように清楚な、なんとも見る者を魅了する笑みであった。 「ふうん、あれがトリステインの王女? 私とDの方が美人じゃない」 ひどくつまらなそうなキュルケのつぶやきだ。生徒達の整列に加わらなかったキュルケ、タバサ、ルイズ達だ。少し離れた木陰に集まり、のんびり王女達の到着を見物していた。 外国人のタバサやキュルケはともかく、生真面目が骨になっているようなルイズがここに居るのはキュルケにとっても不思議だった。 相変わらず本を読んでいたタバサが、ふと顔を上げてキュルケにこう言った。 「あの時は惜しかった」 「え? ああ、ミスタ・ギトーの事?」 「あと一手で勝てたかもしれなかった」 「あと一手で負けたかもしれなかった、でもあるわ。フーケの時あんな及び腰だから大した事無いって思ったけど、いやねえ、人間相手だとあれよ。言うだけあるわね」 とキュルケは襟をめくって自分の首筋を見せた。そこには針の一刺しほどの赤い点が滲んでいた。ギトーが最初に巻き起こした烈風が、わずかに届いていたらしい。 そしてタバサの言う、勝てたかもしれなかったとは、キュルケが最初の火球を吹き飛ばされた際に、ギトーの周辺にまき散らした火の粉の事だ。キュルケがあの時杖を振りきれば、火の粉はたちどころに拳大の火球へと成長し、ギトーの全身を炎が彩った事だろう。 とはいえ、ギトーもまた詠唱速度最速を誇る風のエキスパートだ。キュルケとギトーが共々相討ちになる公算が大きかったというのが正直な所だ。 Dはデルフリンガーを左肩に持たせかけて木立に背を預けていた。この中でもっともアンリエッタに興味が無いのはこの青年であろう。必要とあれば今からでもアンリエッタの首を取る男だが、かといって必要の無い殺生をするタイプでもない。 普段なら常にDに気を回しているルイズが、この時ばかりは王女一行へと注意を向けていた。ひたむきとさえ言えた。 その鳶色の瞳は最初王女へ、そしていまは王女の周囲を固めるトリステイン最精鋭部隊魔法衛士隊のひとつ、グリフォン隊の隊士に向けられている。 まっ白な翼飾りのついた鍔の広い帽子を被り、見事な口髭を生やした二十代の青年貴族だ。銀糸でグリフォンの刺繍がされた漆黒のマントをはおり、鍛え上げた肉体の見事さと端正という他ない顔立ちがあいまって見るも見事な貴族ぶりであった。 鷲の頭に四肢の胴体を持った見事なグリフォンに跨ったその貴族に、ルイズは見覚えがあった。あの凛々しい姿は、十年前よりもさらに立派になっていた。胸にかつての憧れの想いが蘇った。 「ワルド子爵様」 今になって、どうして、そう胸を焦がすルイズを、Dは知らぬげに見ていた。 「おお、見ろ。ありゃ恋する女の背じゃ。あのちっこい胸板の中に切ない思いを満たしておる様じゃの。なかなかどうして、一人前の女じゃわい」 と揶揄する左手の声が聞こえたが、Dはそれに答えずルイズの視線の先に居る貴族、ワルドを冷たく見た。Dにとっては石木と変わるまい。関わる必要が無いから、興味も関心も向けずにいるだけだろう。 この場で最も美しい視線に気づいたのか、ワルドはグリフォンに跨ったまま視線を巡らし、ルイズには暖かな笑みを向けて、それからDの視線の源を看破した。あるいは、してしまったというべきか。 傍目には分からぬが、Dの眼には分かる。ワルドが身を強張らせたのを。それはDの夢の彼方の国から姿を見せた異世界の住人の様な美貌よりも、木陰で休む姿に何かを感じ取ったからなのか。 ワルドは呼吸する事さえ忘れた。心臓が確かに動く事を忘れた。グリフォンが騎乗主の異常を察知したのか、気遣わしげに首を巡らすのに気づき、ワルドは優しくその首を撫でた。 それだけで平静を取り戻したのは、流石にトリステイン屈指の精鋭部隊の長と言える。一度だけDを振り返り、名も分からぬが実力だけは骨の髄まで刻みこまれた思いで、ワルドはかろうじて戦慄を押し殺した。 それからのルイズは一日中おかしかった。というか明らかに十年ぶりに遭ったワルドの姿に動揺している。ひがなぼうっとして過ごし、Dが傍らに居ても何の反応も見せないし、それから王女の行幸を歓迎する式が続いてもだんまりを決め込んでいたのだ。 こんなルイズは珍しいを越えて初めての事だから、Dも時折珍しそうに見るほどだった。そんな風に心をどこかに置き忘れたみたいに時間を過ごしてから、ルイズは周囲が夜のカーテンに覆われている事にようやく気付いた。 それを意識したのも、規則正しく自分の部屋の扉をノックする音に気づいたからだ。 どこか品良く長く二回、次に短く三回……。その回数にルイズの中の古くも懐かしい記憶が呼び起こされた。はっと顔を上げて、ベッドの上で抱きしめていた枕を放り投げてドアを開いた。まさか、そんなという思いが胸の中にあった。 果たして、ドアの先で待っていたのは黒い頭巾で顔をすっぽりと隠した女性の姿であった。あたなは、と問うルイズに、しっと口元に指をあててから、女性は杖を取り出して軽く振った。 同時に短くルーンを呟いて、光の粉が部屋に舞う。その粉が周囲に魔法の有無を確認するディティクトマジックであった。 「ディティクトマジック?」 「どこに魔法の耳や目が隠れているか分かりませんからね」 尋ねるルイズに、頭巾を取りながら、女性はそう答えた。魔法学院を訪れたトリステイン王国の可憐な花、アンリエッタ王女の美貌が頭巾から覗いた。 ルイズもまた古き血筋ゆえに高貴さを纏うが、アンリエッタ王女はさらに虹のように輝く神々しいまでの高貴さであった。 杖を捧げるべき至上の相手に、ルイズは慌てて膝をついて臣下の礼を取る。骨の髄まで貴族としての教育と矜持を抱くルイズは不意の王女の来訪にも見事な対応を取ってみせた。 ルイズの姿にアンリエッタは親しい者にのみ向ける暖かな笑みを浮かべて、涼しげな声で言った。 「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ」 双子月の見守る中を、Dは悄然と歩んでいた。実にこの時、ルイズの部屋にDはいなかったのだ。呆としていたルイズは己の使い魔の不在にも気付いていなかったのである。 たぶん、それはアンリエッタ姫にとってはこの上無い幸運と呼べることだったろう。ルイズの制止があったとしても、鼻の一つくらいは落とされかねない事を言っただろうから。 まあ、元にくっつくように手加減してはくれたかもしれなかったが。 Dは一人ではなかった。どういうわけだか、タバサがその先を歩んでいた。水底まで透き通って見える湖の様な青を湛えた髪と瞳の少女に呼び出され、Dは魔法学院の周囲に広がる夜の草原に影を落としていた。 「……」 お互い一切の言葉を忘れたがごとく無言。草原にはタバサの足が草を踏み、夜風が小さな花の花弁を揺らす音のみがある。人の耳には聞こえぬそれをDは聞きながら、何を思っているのか。 ただ、その果てしない黒瞳にタバサの体のある一点に結び付けられたチタン鋼の魔糸が映っていた。ある日タバサの体に巻きつけられていた一条のそれに気づいてから、Dが放置していた魔糸だ。 それの主が、今宵ついに行動を起こすことを決めたのを知ったが故に、こうしてタバサの後について来ているのかもしれない。 やがて、タバサが足を止めた。それよりも先にDの瞳がわずかに細められた。油断ならぬ、いや、勝機を見つけ出すのが厳しい強敵を前にした時のみ見せる癖であった。 タバサの体が震えた。恐怖と恍惚とが混じり合った震えだった。Dの美貌、Dの恐怖。そして、今目の前に立つ者の美貌と恐怖。 その両者が出会ってしまった事で、倍どころか二乗となった美貌と恐怖に。 ああ、見よ、見よ。あるいは、見てはならぬのかもしれない。見れば二度と解放される事無き魂の牢獄に囚われる。二度と忘れられぬ恍惚郷に囚われるのだ。 今宵、紅と青の双子月は誕生以来最も激しい困惑に襲われた事であろう。そしてこう問われたなら、あまりの悩み深き問いに答えを出せず、自らの体を砕いたかもしれない。 すなわち問いとはどちらの方が美しいか、である。 すなわちどちらが、とは草原に立つD、そして月を背に立つ浪蘭幻十であった。 今対峙する二人を見る者は、悪魔に囁かれれば魂までも容易く売り渡すだろう。いや、その魂を手に入れようとする悪魔さえも陶然と酔いしれた事だろう。 天上の偉大なる方も、地の底の座す堕ちた者も、共に呆然と見つめてしまうのではあるまいか。 風が吹いた。 幻十のインバネスの裾を靡かせた。 Dのコートの裾をはためかせた。 風はもはや吹く事を忘れて消え果てた。月よ、雲よ、風よ、大地よ、今宵この二人の邂逅を忘れよ。忘れられずとも忘れよ。 でなくば大自然の一部たる汝らとても、動く事を、流れる事を忘れるだろう。今宵この光景に魅入られて。 幻十が笑んだ。Dの美貌と吹きつける鬼気に想像をはるか越えた敵と知ってなお不敵に、傲岸に、不遜に、邪悪に、そしてこの上なく美しく。 「はじめまして、D。ぼくは浪蘭幻十だ」 「糸の主か」 Dの瞳はタバサの体と幻十の指とを繋ぐ魔糸を見ていた。 「ご慧眼。そこのタバサという少女に頼んで、君を呼び出してもらったのさ」 幻十はいやに丁寧に告げてDへと歩み始めた。時が止まったかのように足を止めて息を呑むタバサの肩に手を置き、後ろへ追いやってDが前へ出た。タバサが何かを言う暇もない。まるで、その背にタバサを庇うかの様だった。 「彼女の体に巻いたぼくの糸で知っていたが、君は随分と面白いヒトだ。まるで、別の世界からやってきたかの様に。まるでぼくの様に」 「……」 Dは無言。しかし、開かれた両手の五指の指先から、鍛え抜く余地の無い鍛え終えた肉体から、無色のまま立ち上る鬼気よ。 Dよ、お前なら死者にさえ更なる死を与えられるだろう。 幻十が足を止めた。Dの全細胞が、吸血貴族の持つ闘争本能に従い、機能を十全に発揮しはじめる。 <新宿>の魔人、『辺境』最強の吸血鬼ハンター。血に濡れた未来の光景を思わずにはおれぬ邂逅。 それははたして呪いか祝福か。 「最初は、君を仲間に引き込むつもりだった。それが叶わずとも利害の一致によって争わずに済む関係にでもしようかと、ぼくらしからぬ穏便な事を考えていた」 Dの瞳に影が過ぎった。死の影か。 「だが、気が変わった。君を見て分かった。君はあの街を、<新宿>を生み出した者と同様の意図を持つ者によって生み出された存在だ。 ぼくも同じだから分かるのだよ、現行人類を超越した次の階段の段を踏む進化した存在とする為に選ばれたぼくと、君は同じだ。 蟲毒の術というものを知っているかい? 一つの壺の中に無数の毒虫を閉じ込めて殺し合わせ、最後に最強の毒を持った一匹を残す外法の事だ。ぼくの言う進化と選ばれ方はそれに近い。 人間が成し得ぬ行いをし、常に命を賭けて殺し合い、日常的に死の脅威を感じる事で根源的な生物としてのレベルを引き上げて、“進歩”ではなく“進化”した存在を生み出す。 幾千、幾万、幾億の犠牲の果てに、星となるほどの屍の果てに、海となるほどの血の流れの果てに、ようやく可能性が芽生える。それほどまでしてようやく、進化は小さな入口を開く。ぼくはその入り口を開く鍵となる者だ。君も似たような者だろう?」 「ならば、どうする?」 「ぼくの目的は選ばれる事だ。新たな人類として」 「ふむ。ならば、こうするだけだろうの」 これまで戦慄と共に引っ込んでいた左手である。すでに闘争の気配は濃密に立ちこめ、灰の中さえも満たそうとしている。浮かべた表情は常と変わらぬ冷たいもののまま、Dの手がゆるゆると背の柄へと伸びていた。 幻十の笑みが深くなった。左手の声とDの気配に応じた言葉はこうだった。 「ぼくに似た存在を殺す事はより自分のほうが優れたるを示す何よりの証拠。あの街を作った者ならばたとえ異世界であろうと、それを知るのは容易い事だろう。ぼくと等しく美しく、進化の入り口に立った君を斃す事で、ぼくは進化しよう。大人しく死んでくれるか?」 D――夜に生きる吸血鬼と昼に生きる人間の遺伝子を受け継ぎ、夜のみにあらず、昼のみに在らざる新たな可能性として生み出された、たった一つの成功例。 浪蘭幻十――魔界都市<新宿>が創造された目的、すなわち新たなる人類のアダムとしてかつて選ばれた者。 「お前より後に、な」 答えるDの鋼の声が合図となった。大気を割いて幻十の指先から走る十条の魔糸。上下左右からタイムラグを伴わぬ必殺の同時攻撃。 厚さ一メートルのコンクリートの壁も容易く切り裂く魔糸に幻十の技が加われば、対戦車バズーカの直撃に耐える重装甲サイボーグでさえも斬断の運命からは逃れられぬ。 それらをDの背の鞘から迸った四つの弧月が迎えた。Dの右手が抜き放ち、同時に描いた銀の閃光は迫る十条の死を全て斬り捨てていた。 幻十の瞳に禍々しいものがよぎった。Dの総身から吹き出す鬼気の濃さが増すのを感じ取った。どちらも相手の命を奪う事を決めたのだ。 大地にDの足が沈み込む。それにどれだけの力が込められていたものか、Dの足首までが埋まっていた。それが解き放たれるや互いの間に存在した七メイルの距離は、刹那の時で0に変わった。 死を運ぶ黒い風の如く迫りくるDの周囲を旋回しながら、幻十の魔糸がきゅっとすぼまった。閉じ切ればDの肉体は数十を超す肉塊に分解される。 降り注ぐ二色の月光を纏いすぼまる魔糸を、デルフリンガーの一閃が跳ね返した。払った一条の魔糸がまた別の魔糸を跳ね返し、Dを包囲していた千分の一ミクロンの死神達の包囲が解ける。 右手を引き絞り、最速の突きを放つべく構えたDが、それまでの動きから右方への跳躍に転じた。地面の下に潜り込んでいた幻十の魔糸が、Dの足が大地を踏みしめるのと同時に襲いかかったのだ。 股間から頭頂までを骨ごめに両断する切り上げをかわしたDの左手から、燃えたぎる流星が五つ、幻十の胸と流れた。 夜空を流れる流れ星の如きそれらは、コートの内側から取り出すと同時に投じた木の針であった。 秒速一七〇〇メートル――マッハ五を越す速度を与えられた木針は、大気との摩擦で火を噴きながら、幻十の胸を貫くべく小旅行をしたが、その途中で一ミリの隙間がびっしりと編まれた魔糸の網に捕まり、呆気なく両断される。 幻十の両手が舞台俳優の如く大仰に、しかし優雅に天をさし、鍵盤を叩く鬼才のピアニストの如く一気呵成に振り下ろされる。 Dが機械の殺気さえ知覚する超直感に従い、天を仰いだ。その瞳が移したのは、月光の代わりとなって降り注ぐ魔糸であった。雨粒の如く縦にDめがけて降り注ぐ魔糸の数は千本を優に超す。 先んじて仕掛けていたものか、戦闘開始からのわずかな時間の間に投じたものか、夜空に弧を描き、天空の月よりも美しい銀の弧を描いて、魔糸はDとその周囲へと降り注ぐ。 地に立つ幻十への警戒は微塵も揺るがぬまま、Dの右手に握られたデルフリンガーの切っ先が地上から天へと動くその寸前! 「ちい、お前でも捌き切れんぞ!?」 左手の声もむべなるかな。空中で魔糸は横殴りに叩きつけられた別の糸によって寸断され、直径千分の一ミクロン、長さ一センチの針と変わったのだ。 斬断の衝撃によって落下の軌道が変わり、さらには数十万、数百万の単位の数となって襲い来るとは! 銀のきらめきが天のある一点と地上とを結び、魔糸ならぬ魔針の雨に突き刺さられた地面は砂塵の如く崩壊する。 Dの手が動く。ただし、右手ではなく左手が。見る間に浮かんだ皺まみれの老人の顔に、糸筋の様な唇が浮かび上がるや、大きく開かれたその掌から凄さまじい吸引が発生して、見る間に降り注ぐ銀の死雨は吸い込まれてゆく。 離れたタバサが、地面に杖を突き刺してかろうじて体を支え、幻十もまた髪の毛が引きちぎられそうな吸引に、追撃の一手を送らずにいた。 左手の吸引はわずかに一秒きっかりで終わった。Dは天に掲げた左手を下げ、青眼に構えたデルフリンガーの切っ先を、幻十に向ける。 放たれる鬼気の放射を浴びてなお妖々と笑う幻十。その袖口から数十本に及ぶ魔糸がさらさらと毀れ落ちていく。 左手の老人が、ひどく楽しげに呟いた。 「いやいや、ようやくわしららしくなってきおった。ウォーミングアップはこれくらいかのぉ?」 タバサの耳には届かぬこの呟きをどうやってか聞き取り、幻十が答えた。 「さて、楽しい夜になりそうだ」 前ページ次ページゼロの魔王伝
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◆CSTs7hoBww 10 名前:お酒の力 ◆CSTs7hoBww [sage] 投稿日:2007/08/04(土) 23 05 33 ID 9FW71zyy たまには、お酒でも飲んでパーッとしませんか? というシエスタの誘いを受け、才人は厨房までお酒と肴を拝借しにいっていた。 「ここ最近、飲んでばっかじゃねぇか?俺って……」 その通りなのである。 ガリアからタバサを救い出してから、水精霊騎士隊の面々と飲んでばっかりなのであるが むさい男連中、特に酒が入ると被害妄想が高まるマリコルヌの相手をするのは ほとほと疲れていたので、シエスタ達となら…と受けたのである。 最も、その選択は間違いだったのであるが……後述しよう。 厨房からの帰り道、才人は窓の外を眺めているタバサを見つけた。 まだそんなに夜が更けていないので、他の学生を見ることはあっても タバサを見ることは珍しかった。 しかも寝巻き姿である。サンタクロースのような薄い青い帽子に それに合わせたようなパジャマ、そして身長より長い杖。才人、ここでグっと来た。 どうしたんだ?と声をかけると、ピクッと肩を震わせこちらを向いた。 「……」 「……」 「……」 「……眠れない」 しばしの沈黙の後、タバサの口から出てきた言葉はそれだった。 まぁ戦い続きだったし……母親の事も心配なんだろうか、と才人は思い 「じゃあ、こっちの部屋で飲んでいくか?」 ちゃぽん、と葡萄酒の瓶を揺らす。 それからまたしばしの沈黙の後に短く、行くとだけ答えて 才人の後ろにくっついていった。 「おかえりなさい〜……って、ミス・タバサ?」 扉を開けた才人を出迎えてくれたのはもちろん、シエスタである。 才人の後ろに、いつもとは違う装いのタバサを見つけ 少々驚いた雰囲気だったが、二人を部屋の中に入れた。 部屋の中は、シエスタの手によって少々変わっていた。 といっても、蝋燭が灯っていたり花が生けられていたり、といった程度だが 普段のやや味気ないルイズの部屋とはまた違った印象を受けた。 するとルイズが手短に、小声で 「遅いわよ、犬。……で、なんでタバサが?」 「何か歩いてたら一人でいて眠れないって言ってたからな」 「ふーん、そうなの」 面白くない、と言ったようなルイズ。 反論しようとしたが、シエスタの声で飲み込んだ。 「はいっ、もう準備終わりましたから乾杯しましょっ?」 11 名前:お酒の力 ◆CSTs7hoBww [sage] 投稿日:2007/08/04(土) 23 08 02 ID 9FW71zyy そう促され、3人は席に付いた。タバサと才人、シエスタとルイズが対面になるよう座っている。 シエスタのグラスの中身が少ないのはきっとルイズ邸での事があったからだろう。 乾杯の合図で4つのグラスはカチンと音を立てた。 だがしかし、ここからがルイズ達と飲むという才人の選択の間違いであった… ルイズは何故か物凄い勢いで飲みながら絡む。 それをなだめようとすると、シエスタが何故か熱っぽい顔で才人の手を握る。 目撃してしまったルイズは更に絡む。そして飲む。 タバサはそんな二人のやり取りを見る事も無くひっそりと飲んで食べていた。 酒乱である二人の暴挙は更に激化していった…… ルイズは才人にとにかく絡む。そして飲ませて飲む。 「あんたはわたしの使い魔なの!だから飲みなさい!」だの 「伝説の虚無の担い手の私のお酒が飲めないの!?」だの 何やら、普段の倍は出来上がってしまっているようで…… シエスタはと言うと…… 「サイトさんって私がこんなに誘ってるのに……」とか 「ミス・ヴァリエールのぺったんこが好きなんですか?」とか それを聞いたルイズは更に激化して…… あぁ、シエスタってお酒飲んだらダメなんじゃ…とガンガンに酔いが回った頭で おぼろげに思い出した才人であったが、シエスタはもう止まらない。 脱いだらすごいんですっ!とか言っていきなり脱ぎだすし それを見たルイズは何故かサイトを殴った。 「あら、ミス・ヴァリエール?貴女はお脱ぎにならないんですか?」 「あ、あんたと違ってそんなはしたない事出来るわけないじゃないっ!」 「そうですよね、怖いんですよね。私と違って……ふっ」 「な、な、なんですってぇぇぇぇぇぇ!?」 あぁ、シエスタ。お願いだから辞めておくれ。という才人の願いも空しく 争いは当然激化する訳で、挑発されたルイズが脱ぎだし それを見たシエスタが鼻で笑い、才人が何故か攻撃される。 争いが止んだ時、才人が持ってきた葡萄酒の瓶は結構な数だったが そのほとんどが床に転がってしまっている。 争いを起こした張本人達は…机に突っ伏して寝てしまった。 そのままにしておく訳にもいかないので、とりあえずルイズのベッドに二人を寝かせた。 12 名前:お酒の力 ◆CSTs7hoBww [sage] 投稿日:2007/08/04(土) 23 09 06 ID 9FW71zyy 「その…ごめんな、騒がしかったろ?」 「良い、別に構わない。」 「…そっか。ならいいんだけどさ。」 酒が入っても、才人ではタバサの表情に変化は見られない。 キュルケならば、もしかするとその奥に潜んだ感情を掘り出せたのかもしれないが。 「……あなたは、寂しくないの?」 以前にも聞いたことがある言葉だった。 場所は図書館だったかな?と才人がぼんやりとしていると 「あなたは、ウエストウッドで帰りたいと言った。でもまだここにいる。」 「そりゃ…帰りたいけどな。ロバなんだっけに行けばわかるかもしれない。けど…」 「……けど?」 「またあのミョズニトニルンが来るかも分からない。先ずはあいつをとっちめてからだな。」 才人は、以前に襲われたあのデカくて早いゴーレムの一件を思い出した。 いくら「偽りの動機」を消されたとはいえルイズの事が心配なのである。 「寂しく、ないの?」 次の質問はさっきの質問と意味は同じだが語気が違った。 いつもの抑揚の無い声とは違う、少し感情の篭もった声。 「そ、そりゃ寂しいけど…」 そんなタバサの声を聞くのは初めてだったので つい口が滑ってしまい本音を喋ってしまった。 とはいえ、タバサの前で故郷を思い出して大泣きしたのでそこまで気にはしなかったが やっぱり、男が寂しいというのはちょっと恥ずかしいため下を向いてしまった。 分かった、と短く告げるタバサ。 そのすぐ後、下を向いたままの才人の視界に入ってきたものはタバサの足。 顔を上げるとそこに居たのはタバサだが表情がいつもとは違っていた。 タバサ…?と声をかけても上の空のようであったが才人が立ち上がろうとすると その動きを制し、ゆっくりと才人の前に顔が来た。 酔った頭では何が起こったのか分からなかった才人だったが 何のことは無い、座っている才人の上にタバサが座り首に手を回したのだ。 「紛らわして、あげる。」 何を?と聞こうしたが、その言葉は出なかった。 タバサの唇が自分の唇に合わせられたからだ。 "雪風"の二つ名を持つタバサであったが その唇は燃えるように熱く、才人の頭を更に酔わせた。 ウエストウッドでのそれと違い、執拗に唇を這わせ舌を絡ませる。 ぼーっとした頭で、どこでこんな事を学ぶんだろうと思った才人だった。 ぷはぁ…と、たっぷりと時間をかけ味わいそれを惜しむかのように唇を離す。 タバサの顔は見たことも無いくらい朱に染まっていた。 なぜ、と言おうとしたがその表情を読み取ったのか 「私は、あなたに母と命を救われた。あの時言った言葉は嘘なんかじゃない。」 「だから……あなたが寂しいならそれを紛らわしてあげたい。」 「私は……あなたの物だから……それとも、私じゃダメ……?」 13 名前:お酒の力 ◆CSTs7hoBww [sage] 投稿日:2007/08/04(土) 23 13 40 ID 9FW71zyy 据え膳食わぬは何とやら、才人は無言で唇を押し付けた。 「むっ…んむっ…はぁ…んっ…」 気づいたら、手がパジャマの中に入りご主人様のそれと似た草原を優しく撫ぜる。 既に自己主張を始めている頂にそっと触れると、ビクンッと身体が震えたが唇は離れない。 以前酔いは回っているがちょっとした悪戯心が芽生える余裕が出来てきたので 片方の手で背中を抱き、片方の手を下腹部の下のほう、タバサのそれへと導いた。 「んぅっ!?むぐっ…あむっ…」 先ほどより大きな反応だったが唇は離れない。 すでに興奮していたのか、タバサのそこは十分に濡れていた。 「んっ、んっ、あふっ、むぐっ…んぁっ!」 ついに唇が離れた時に触れた場所は、小さく自己主張していた小さな蕾だった。 更なる悪戯心を燃やした才人はそこを執拗に、しかし優しく責めた。 「んぁっ!あぁっ!ダメっ!あっ!」 イってしまったのだろう、肩で息をしながらタバサは恍惚の表情を浮かべている。 しかし、次の瞬間には不満の顔に変わっていた。 「……サイトのいじわる」 「ごっ、ごめん!その……可愛くってつい…」 「……次は、私の番」 顔を真っ赤にしたタバサが才人の膝から降りて、跪きズボンのジッパーを下ろし 才人の大きくなった息子を取り出し一気に咥えた。 尚、彼女の指南書は「バタフライ伯爵夫人の優雅な一日」である。 頭の中で、えぇと伯爵夫人はここをこうして……と記憶を頼りに必死に才人に奉仕していた。 そんな奉仕をされてしまっては才人も耐える事が出来るはずもなく 「タ、タバサっ!も、出るっ!」 男の欲望を小さなその口で受け止めたタバサはそれを全て飲みきった。 こんなことは指南書に書いてある訳ではなかったが、何か勿体無い気がしたのだ。 「ご、ごめん…気持ちよくって」 「良い、私が望んでした事。それより…こ、この前の続き…する。」 どこかで聞いたようなセリフだなぁ…とまるで他人事のように聞き流しタバサを押し倒した。 いつの間に脱いだのだろう、タバサはいつの間にか全裸だった。 タバサの裸は雪風の名に相応しくどこまでも真っ白だった。 そのおかげか、才人は幾分か理性を取り戻した。 14 名前:お酒の力 ◆CSTs7hoBww [sage] 投稿日:2007/08/04(土) 23 14 43 ID 9FW71zyy 「その……俺なんかで、いいのか?」 「…あなたでないと、ヤダ」 ヤダ!ヤダってあーた!あぁ、もうこのちびっ子め!俺の理性を! 「じゃ、じゃぁ入れるよ。」 才人は再び大きくなった一物をタバサの秘所にあてがい優しく挿入した。 まだ誰にも侵入を許してないそこは当然狭くきつかった。 「っ!!!」 「だ、大丈夫か!?」 「だ、大丈夫だから…気にしないで」 目をしっかり瞑り、口元は苦痛に歪んでいる。 ゆっくり、ゆっくり挿れていくと壁にぶつかった。 おそらく、まだ身体的に成長していないのだろう、タバサのそこは発達しきっていないのだった。 「も、もう動いて…大丈夫だから…」 「ほ、本当に大丈夫か?」 コクン、と肯定されたので才人は腰をゆっくり動かし始めた。 最初こそ、その口元は苦痛に歪んでいたがいつの間にかその歪みに変化が現れた。 二つの寝息をかき消すように肌と肌がぶつかり合う音が室内に響いた。 が、タバサのサイレントのおかげでその音が二人の耳に入る事は無かった。 ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ… 回数を重ねて幾たびに口元が開きそうになるのを堪えているようだったが すぐにその口は開かれ、嬌声が漏れた。 「あっ…サイトっ・・・!んぅっ…!」 普段の表情からは決して出てこない甘い声で更に欲望に火が付いた。 嬌声を塞ぐように、才人は唇を合わせタバサはその首にしっかりと手を回す。 唇をついばんでいると、潤んだ瞳をこちらに向けてくる。 その顔がとても愛おしく感じた才人は強く抱きしめた。 「私は、あなたとこうする事が出来て……嬉しい。」 「酔いに任せてしまったかもしれないけど……嬉しい。」 そんな甘い声を耳元でダイレクトに聞いてしまった才人は タバサを労わる事を頭からふっ飛ばし、腰を強く打ちつけ始めた。 15 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:2007/08/04(土) 23 18 05 ID 9FW71zyy そんな甘い声を耳元でダイレクトに聞いてしまった才人は タバサを労わる事を頭からふっ飛ばし、腰を強く打ちつけ始めた。 「はっ、あぁっ!サい、とっ!」 「タバサ!タバサ!」 もう、今はタバサを穢す事しか頭になくなってしまった才人を包み込むかのように タバサは両手を首から背中へと移し、離れないようにしっかりと握った。 「タバサっ!俺、もうっ!」 「そのままっ…!中……中にっ…!」 その一声で才人はラストスパートをかけ白濁液を幼い身体に注ぎ込んだ。 荒い息を吐きながら、タバサはその腕と足を才人に絡ませた。 もちろん、タバサと繋がったままである。 「え、えーと?タ、タバサさん?離れられないんですが…」 「もっと…もっと…して?」 潤んだ瞳で見つめられれば才人にはもう断る術などあるはずもなかった…… 次の朝、目を覚ますと目の前には眠っているタバサが居た。 どこをどうしたのか、いつの間にか才人とタバサの衣服は元に戻っており 懐かしき藁束の上でタバサに腕枕をしながら眠っていた。 可愛いなぁ…と思っているとそこにはお約束の殺気が。それもダブル。 「な、ななななななな何してるのかしらっ!?犬っ!?」 「サイト……さん?何してらっしゃるんですか?」 二人の怒声で目覚めさせられたのだろう、やや不機嫌そうに目をあけたタバサは どこから出したのか杖を持ちながらすっと立ち上がり 「私の主人に、手出しはさせない。」 あぁ……タバサさん……あなたはどうして……油にガソリンを注いでくれますか…… 瓶と魔法と虚無が飛び交う中、いつものように真ん中で才人は意識を手放した… 一覧へ戻る